オピニオン/保健指導あれこれ
保健師スピリッツと実践活動

No.4 ある保健指導とヘルスプロモーション

長野県看護大学名誉教授、 鹿児島大学医学部客員研究員
小西 恵美子
 ベンダーの「ヘルスプロモーション看護論」を論考した折、次のように書いたことがあります。

 「保健師は伝統的に、『個人およびグループのウェルネスを最大限に引き上げる』という看護の目標を体現する活動を行ってきている。保健師は健康の知識・情報の発信力をもち、媒体をもち、実際に発信し、またターゲット集団に着目した健康プログラムを企画して、健康文化を普及している」1)。

 マス(集団)に対して、健康の知識・情報を発信できる保健師は、1対1の関わりを日々の実践の基本とする看護師よりもはるかに大きな影響力を持っていると、私は思っています。

 我が家には共済のパンフが定期的にきますが、その中の、「活性酸素の話」という記事が目にとまりました。「保健師の発信だ!」と嬉しくなり、読むことにしました。

 「健康寿命に関する研究において、要支援・要介護の原因となる疾患の中には、その発症に活性酸素が関与していることがわかってきました」という書き出しで、概略次のことが書かれていました。

・体内に取り込まれた酸素は活性酸素(フリーラジカル)という物質に変化する。活性酸素は人体に必要だが、余分になると正常な細胞を傷つけ、老化、がん化、動脈硬化等、多くの疾患の原因となる。

・活性酸素を増やし過ぎないためには抗酸化物質の摂取が有効。野菜・果物等の植物性食品には、多種類の抗酸化物質が含まれている。ただし、特定食品や大量のサプリメントなどの大量摂取は好ましくないので、多彩な抗酸化食品をバランスよく摂取することが大切。

 「なるほど、守っていこう」と、ここまでは頷きながら読みました。が、最後の項にきて、「ちょっと待って!」と心の中で叫ぶことになりました。そこには、「活性酸素を抑える生活習慣」という見出しで次の5つが箇条書きされていたのです。

1.エネルギーの摂りすぎを避ける
2.栄養バランスの悪い(野菜や果物の不足など)食生活を避ける
3.過激な運動を避ける
4.不規則な生活、ストレスの多い生活を避ける
5.放射線、紫外線、薬物などへの暴露を避ける
(原文のまま)

 このリストから、読む側はどんなことを思うでしょうか? 

 私には次の3つが気になりました。

第一. 全てが「避ける、避ける」のメッセージ

 最も問題を感じたのはこのことで、認知症病棟などでよく聞く「ここから出ちゃダメ、危ないでしょ」と言った「ダメ出し」に共通する「回避志向」を感じるのです。

 この記事は、「つくろう! 健康なカラダ」という副題のついた健康増進の記事であるはずなのに。健康増進こそ、保健師の実践目標であると理解していたのに。

 ベンダーは言います。

 「ヘルスプロモーション(健康増進)はポジティブな健康の可能性の拡大を追及する実現志向のアプロ-チである」。これに対して、「ヘルスプロテクション(疾病予防)は、回避志向、問題志向のアプロ-チである」1)。

 日々の生活にはリスクがあり、リスクゼロの生活はありません。したがって、大事なことは、それらリスクにどう向き合い、折り合いをつけて生活していくかです。

 例えば、上記の1~4について、人々は食べ過ぎたり、不規則をしてしまったり、ストレスをためたりします。そして、「ああやっちゃった、いかんナー」と、落ち込んだり、後ろめたい気持ちになる。そういう時に、専門職から、ダメ出しではなく、「時にはそんなこともあるよネ」などと、ポジティブなストロークをもらったら、当人はどんなに救われることでしょう。医療者-受領者の対話はそこから始まるのです。

第二.「放射線、紫外線、薬物などへの暴露を避ける」について

 上記の項目5には、性格の異なるリスク因子が同列にならんでいますが、まず、薬物(いわゆるドラッグ)は、日常生活では避けなくてはいけないものです。 しかし、放射線や紫外線は環境中に存在し、単純に避けるのではなく、暴露量を加味した保健指導が必要と思います。

◆ 紫外線は、よく知られているとおり、過剰暴露は人体に有害である一方、ビタミンDの合成にはある程度の暴露が有効とされています。

◆ 自然界の放射線は「避ける」ことができず、日本では約2ミリシーベルト/年、世界には10~30リシーベルト/年に達する所があり(インド、ブラジル、アメリカなどの地域)、人間はそういったレベルの自然放射線に絶えず暴露されながら暮らしてきました。

◆ 2011年の原子力発電所事故の影響を受けた地域では、自然放射線に加えて、事故で放出された放射性物質が環境中に存在します。それによる放射線を「避ける」ために、国は避難指示区域を事故直後に設定しました。その後、除染と放射性物質自体の減衰によって線量は減少し、避難指示解除区域が広がっています。そこでの線量は国内他地域のレベルに近づいており、西日本には自然放射線の線量がもっと高い所もあります。

 それでも多くの人々が帰還せず、避難が続いていることについては、放射線だけではない様々な要因が関わっていると聞いています。

 しかし、最近の原発事故避難者への差別やいじめの根っこには、回避志向があるのではないでしょうか。「避ける、避ける」は「排除する」につながります。保健指導専門職の発信が、意図しているか否かにかかわらず、それに加担するようなニュアンスをもってはいけないと思います。

<参照>
【東京新聞 TOKYO Web】
原発避難いじめ 1年半放置 横浜の小学校、防止法守らず(2016年11月12日)


第三.「避ける」対象はタバコでは?

 この記事はタバコのことは述べていませんが、タバコと活性酸素との関係はよく知られています。喫煙は活性酸素を増やし、細胞を傷つけ発がんに寄与するだけでなく、ビタミンCの破壊を促進してメラニンを増加させ、シミやクスミなどの原因になると。 薬物と並び、「避ける」を強く発信するべきは「タバコ」であると思います。

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 保健師による発信に、同じ看護職として率直なクリテークを試みました。たった1ページの記事から考えが鼓舞され、心から感謝したいと思います。

参考文献:
1) 小西恵美子. ノラ J. ベンダー. 筒井真優美編「看護理論家の業績と理論評価」
第26章 p.407-419、医学書院、2015.
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