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敗血症性AKIにおける急性腎障害マーカー L-FABPの可能性

敗血症性AKIにおける急性腎障害マーカーL-FABPの可能性

医療法人沖縄徳洲会 湘南鎌倉総合病院 麻酔科・集中治療部
(現在:自治医科大学附属さいたま医療センター 集中治療部) 小室 哲也 先生

 AKIの診断基準は過去からRIFLE、AKIN、KDIGOと進化してきた。しかしそれらのいずれも血清クレアチニンと尿量から診断するもので、この十年、診断基準の構成要素に大きな変化はみられない。そして現在もICUにおけるAKI発症の寄与死亡率は8.6%に上ると報告されており3)、AKIをより早く診断したいというのは恐らく、腎臓内科医、救急医、集中治療医、全ての医師に共通する想いだろう。

 これに対して過去にさまざまなバイオマーカーが臨床応用されてきた。コラーゲンIVやβ2MG(β2-microglobulin)、シスタチンCなどは私が研修医のころから知られているものだ。しかし現在これらを用いて臨床判断しているという印象は乏しい。そんな中、近年、novelバイオマーカーと呼ばれるものが登場し、ガイドラインにも「早期診断に有用な可能性がある」と記されている(表1)。野入先生のお話にあったようにAKIの診断と治療は今、新しいフェーズに入ろうとしているようだ。そのような可能性を感じさせるnovelバイオマーカーの中から本日はL-FABPを取り上げる。

表1 AKI診療ガイドラインにおけるnovelバイオマーカーの位置づけ
CQ5-1 AKIの早期診断として尿中バイオマーカーを用いるべきか?

推 奨

尿中NGAL、L-FABPはAKIの早期診断に有用な可能性があり測定することを提案する。尿中シスタチンCの有用性は限定的で明確な推奨はできない。

尿中NGAL、尿中L-FABP:
 推奨の強さ 2  エビデンスの強さ B
尿中シスタチンC:
 推奨の強さ なし  エビデンスの強さ C

〔AKI(急性腎障害)診療ガイドライン2016. 東京医学社,2016〕

L-FABPによる敗血症性AKIの早期診断

 L-FABPは尿細管に発現する蛋白質で、虚血や酸化ストレスにより増加し尿中に排泄される。先行研究から、人工心肺を用いた心臓外科手術においてAKIを起こした群はL-FABPがポンプ離脱後4時間という早期から有意に上昇することや4)、造影剤腎症の発症を予測可能といった5)、有用性に関する報告が増えている。

 では、敗血症ではどうだろう。敗血症にAKIを合併すると、それぞれ単独の発症に比べて死亡率が有意に上昇することが知られている6)。このような敗血症性AKIの診断にL-FABPは有効だろうか。

 当院で行った「SHOCK-SEPSIS study」(shonan observation cohort for acute kidney injury with sepsis study)の結果を紹介する。対象は2017年の5~10月に敗血症によりICU管理を要した95例。ICU入室後3日以内に採取した尿を用いてL-FABPを測定し、28日間追跡した。主な患者背景は、年齢78歳、男性72%、SOFAスコア7、敗血症性ショック43名(45%)、尿量1,230mL/日など。このうち58例が追跡期間中にKDIGOステージ1以上のAKIと診断された。AKI発症群と非発症群のL-FABPを比較すると、前者が有意に高値であり(p=0.0008)、L-FABPがAKIの早期診断に有用であることが確認された。

 なお、この検討ではL-FABPの定量検査のほかにPOCキット(シミックホールディングス製)を用いた。このキットは必要検体量がごくわずかであり、結果も半定量ながらごく短時間でわかる。精度に関しても今回の検討で、判定が陰性の群と陽性の群とでL-FABPの実測定量値に有意差があり、一定の信頼性が認められた。特にKDIGOステージ2以上の診断において、判定がマイナスの場合の陰性的中率が87%と高い値を示し、AKIの否定に有用と考えられた。定量値との乖離が散見されることや尿pHの影響を受けるなどの改善点もあるようだが、ICUなどの限られた時間で臨床判断が迫られる状況において実用的である。

バイオマーカーの併用による敗血症性AKIの病態把握・治療介入の試み

 では、このようなL-FABPをはじめとするバイオマーカーの敗血症性AKI診療における活用法を考えてみたい。

 敗血症によって生ずる腎障害の基盤には、ショックによる血圧低下や循環血液量減少など腎前性の因子による「虚血」と、その虚血や敗血症そのものによる腎実質の「炎症」という二つの要素がある。ここで、各種バイオマーカーの特性を主成分分析した図3をみると、L-FABPは乳酸と同じ傾きであり主に組織低灌流・虚血を反映するマーカーであることがわかる。一方、炎症を反映するマーカーとしては、CRPと同方向に傾くNGALが挙げられる。よってL-FABPとNGALの双方を用いることでAKIを早期に診断できる可能性があ る(図4)。

各種バイオマーカーの主成分分析

図3 各種バイオマーカーの主成分分析
〔Scientific Reports 6(33077),2016〕

バイオマーカーの組み合わせによる敗血症性AKIの病態診断の可能性

図4 バイオマーカーの組み合わせによる
敗血症性AKIの病態診断の可能性

 実際に、解析対象は敗血症性AKIではなく心臓外科手術後のAKIであるものの、L-FABPとNGALの両者を測定しAKI発症を予測する研究が中国で行われた7)。それによると、両者の併用によりAKI診断のROC曲線下面積が0.9以上という極めて高い値に上り、先ほど野入先生がおっしゃったKDIGOステージ2以上のAKIの診断精度の上昇も期待できる結果が報告されている。

 さて、これらの知見をもとに、敗血症性AKIにおけるバイオマーカーの活用法を探ってみたい。図5のように、虚血のマーカーとしてL-FABPを横軸にとり、炎症のマーカーとしてNGALを縦軸にとって、全体を四つのクラスターに分けて考える。L-FABPとNGALの双方が高い群がクラスター①で、炎症と虚血が関与している重症例ということだ。十数例とわずかではあるが自験例をこれに当てはめてみたところ、クラスター①は敗血症ショック症例、④はAKI非発症例が多く占めることが確認できた。

バイオマーカーに基づいた敗血症性AKIクラスター分類(私案)

図5 バイオマーカーに基づいた
敗血症性AKIクラスター分類(私案)

 ここまでの診断プロセスのチャートを図6に示す。ICUにおいては時間が優先されることからL-FABPについてはとりあえずPOCキットの結果をもとにクラスターを仮判定しておき、L-FABPの定量値が出たら確定とするという流れだ。ただし、このクラスター分類についてはあくまでもまだ理論的な私見で あり、適切なカットオフ値の設定も含め多くの検証が必要な段階であることをご承知いただきたい。

バイオマーカーに基づいた敗血症性AKI診断プロセス(私案)

図6 バイオマーカーに基づいた敗血症性AKI診断プロセス(私案)

 さらに私見を重ねることになるが、仮にこのような分類が可能であるとすると、図7のような病態に即した初期治療が可能になるかもしれない。炎症と虚血があるクラスター①は、PMX(polymyxin B-immobilized fiber)とRRT(renal replacement therapy)を併用するか否かはさておき、血液浄化がまず優先されるだろう。クラ スター②は虚血がベースなので循環管理、クラスター③は炎症ベースなのでRRTを優先的に考慮する必要がありそうだ。クラスター④は経過観察もしくはAKIとは異なる因子を考慮すべきかもしれない。

バイオマーカーに基づいた敗血症性AKI初期治療(私案)

図7 バイオマーカーに基づいた敗血症性AKI初期治療(私案)

PMXの効果判定にL-FABPが有用な可能性

 ところでPMXはその有効性についていまだ議論が続いているが、敗血症性AKIに対するPMXの効果をL-FABPで検討した結果が報告されている8)。それによるとPMXによらず古典的な治療を行った群ではエンドトキシンもL-FABPもわずかな低下にとどまったが、PMXを施行した群では両者ともに有意に低下したという。L-FABPは介入ポイント を探るという目的以外に、治療効果の判定にも使える可能性がありそうだ。

 以上、データの裏付けが少ない話もしたが、従来の診断クライテリアにバイオマーカーを上乗せしAKIを診断することで、より早期に病態に即した治療を行うという次の時代へのパラダイムシフトは近づいているように感じている。

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