オピニオン/保健指導あれこれ
ケアのちから

No.2 医療と介護の事前指示を考える

ノンフィクション・ライター
中澤 まゆみ
 アメリカ人の友人のお父さんは胃ろうによる栄養補給と気管切開による人工呼吸の導入など、ありとあらゆる延命治療を受けながら、家族の総意でその治療を中止しました。いっぽう、これまで「治療を拒否するのなら、退院してください」と強硬だった日本の病院も、いったん始めた延命治療の中止についての慎重論は強いものの、終末期医療に関する流れは少しずつ変わってきています。

 日本救急医学会では2007年に「救急医療における終末期医療に関する提言(ガイドライン)を公開し、終末期と判断された患者さんに対しては、本人の事前指示や家族の総意などを確認したうえで、延命措置を中止することができる、としました。

 2012年には日本老年医学会が「終末期医療」について、10年ぶりに画期的な立場表明をしました。ここには「年齢による差別に反対する」「本人の満足を物差しに」「緩和医療およびケアの普及」「事前指示書などの導入検討の推奨」など11項目が含まれています。

 最大の変更点は「胃瘻を含む経管栄養や、気管切開、人工呼吸器装着などの適応を慎重に検討すべき」「何らかの治療が、患者本人の尊厳を損なったり苦痛を増大させる可能性があるときには、治療の差し控えや治療からの撤退も選択肢として考慮する必要がある」と、治療の差し控えや中止にまで踏み込んだことです。

 これを受けた形で日本救急医学会では2012年に調査を行いましたが、高齢者の救急搬送患者に対して、救命センターの医師の半数が「延命治療を差し控えた経験がある」と答えています。

 しかし、これは治療の差し控えについてであって、いったん始めた治療を中止することに関しては、救命センターの医師ですら依然として強い抵抗感があることを、同じ調査が示しています。つまり、「差し控え」はしても「取りやめ=撤退」にまでは踏み切れない。理由のひとつは「病院医としてのプライド」、もうひとつは「殺人罪」のリスクを負いたくないからだと言われています。

 終末期と判断されながら、病院で延命治療を続けることになった患者さんの家族の多くが語るのは、「針でつつけば破裂しそうなほど膨れ上がった」患者さんのからだのむくみです。在宅医療ではたいてい終末期と医師が判断すると、家族と話し合って胃ろうなどの経管栄養を減らし、穏やかな看取りへとつなげることがふつうです。終末期になると人間のからだは"省エネモード"になるため、栄養と水分を減らして脱水状態にしたほうが楽になる、というのがその理由です。

 ところが、「治療」を使命とする病院では、終末期になっても「生命維持に必要」とされる栄養や水分を注入し続けます。すると、投与された栄養や水分が使われないまま体内にたまり、からだがむくむ、胸水や腹水がたまりやすくなる、痰がたまりやすくなって咳き込む、といった状態を起こし、本人のからだの負担が大きくなります。

 友人のお父さんも栄養と水分を止めてからむくみが次第になくなり、苦しそうな様子も減ってきたそうです。そして、人工呼吸器を外したあと、静かに旅立っていきました。父親の尊厳死の選択を迫られ、究極のストレスフルな2週間を過ごした友人は、「今回、つくづく思ったのは事前指示書の大切さだった」と語ってくれました。

 友人には私が本を書きながら作成した事前指示書の例文を英訳すると約束しました。事前指示書は「延命治療はいりません」というアバウトな指示ではなく、具体的に書くことが大切ですが、「やはり例文がないと書けない」という人が多いので、最近ではこの例文を講座のたびに配布しています。

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