オピニオン/保健指導あれこれ
「生と死を考える」 保健指導実践者に向けてデーケン先生からのメッセージ

No.1 「ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと」

上智大学名誉教授
アルフォンス ・デーケン
 ストレスによるバーンアウト(燃え尽き症候群)を回避するには

 ストレスによるバーンアウト(燃え尽き症候群)を回避することも大切です。私は、これまで毎年30人前後の医師、看護師とともに海外のホスピス視察を実施しており、世界の200以上のホスピスを見てきました。その際ホスピスの人事部長に必ず聞くことがあります。それは、「新しいスタッフを募集するときにどのポイントを重視されますか?」と尋ねます。

 一般的には、緩和ケアで働いた経験や、ホスピスの教育を受けたことなどがポイントとして上がりますが、彼らがよく私に話してくれたことは、「ユーモア感覚を持っている人」ということでした。生真面目でユーモアを持っていない人は、バーンアウト(燃え尽き症候群)により平均3ヶ月前後でホスピスを辞めることが多いと言います。

 これは東日本大震災の対応にあたる保健師にも言えることで、ストレスによるバーンアウトを回避することが望ましいと思います。そのためにはユーモアを持つ・学ぶことが大切です。

 また、保健師が接する多くの人が、愛する人を失った経験をしているため、一時的にユーモア感覚と笑いを失っていることがほとんどです。私もこれまで実際に死別体験者のカウンセリングを行ってきましたが、いくら面白いことを話してもまったく笑うことがありませんでした。ですから、人間にとってユーモアは、大切な思いやりと愛の表現であることから、失ったユーモア感覚と笑いを再発見できるような取り組みが、保健師に求められているのでないかと考えます。

 ユーモアの概念を説明しましょう。ユーモアという言葉はもともとラテン語で液体を表す言葉フモールからきています。これは人体で言う体液の意味を持ち、本来は医学的な概念です。中世の医学者たちは、人体に含まれる体液を一括してフモーレス(フモール複数形)と称しており、これこそが人間を生かしているものだと考えました。フモーレスは生命の源泉の本質であり、その流れが人体に活力を与え、創造的な力となり生命を満たし補っていると考えられました。

 私は、特に「ユーモアと健康」について関心があります。人間は健康であれば明るく生きることができると考えています。最近の医学の研究ではユーモアと笑いは密接な関係にあることが強調されています。ユーモアがあれば自分の失敗や苦悩について笑うことができ、ストレスを緩和し健康を保つことができます。

 ユーモアと健康に関してパイオニア的な存在であるノーマン・カズンズ(アメリカ)という研究者がいます。彼は膠原病にかかり、病気の原因や、なかなか治らない原因が自分のネガティブな情緒的反応にあると考え、治療に役立つのは積極的な笑いの感情であると確信しました。コメディー映画を見たり、ユーモラスな本を読んだりとよく笑うことによって病気が回復したと言います。カズンズはこの体験記を発表しました。日本語では「笑いと治癒力」(岩波現代文庫)として翻訳されています。

 この中で書かれていることは、笑いという薬を大量に投与されると、積極的な気持ちが生まれ、体内に科学的な変化が起き、肉体の回復にも大いに役立つとされています。また、10分間大笑いすると麻酔をかけられたようになり、2時間は痛みを感じずぐっすり眠れたとあります。これは科学的にも説明できることで、笑いは呼吸作用を増進させ血液の浄化を助けることがわかっています。ユーモアと笑いによって体の免疫機能を高めることも大切だと考えます。

 ユーモアは愛と思いやりの表れです。日本ではユーモアとジョークが混同されがちですが、はっきりと区別すべきものだと考えます。ジョークは、言葉の上手な使い方やタイミングの良さで笑わせようとするものです。これは、How Toで学ぶことができるものです。

 そして、ジョークはある時はユーモアの表現になりえますが、きついジョークは周りの人は笑うかもしれませんが、言われた本人は傷つくことがあるので避けるべきものです。相手に対し愛や思いやりを示したいのであれば、相手が何を期待・希望するかを考える必要があります。ストレスの少ない暖かい家庭や社会の環境をみんな望んでいると考えます。

 思いやりに満ちたユーモアは、どんな環境でも和やかな雰囲気を作り出すことができます。ユーモアの本質は愛と思いやりの表現であることから、人間関係における重大なポイントになります。私は、愛の表れであるユーモア、人生の潤滑油としてのユーモアの大切な役割をすべての人にもう一度見直して欲しいと考えています。

 ドイツ語にある面白い表現に、真面目すぎる人のことを「動物的な真面目さ」と呼ぶ言葉があります。真面目一方の人は、ユーモアに乏しくてほとんど笑わないところから来ています。言い換えれば、ユーモアがあればあるほど人間らしいという意味になります。最近ますます深刻な問題になっている学校でのいじめや家庭内暴力、引きこもりなどの原因の一つに、社会全体が真面目すぎる緊張した雰囲気にあるのではないかと思います。

 多くの人がユーモアは生まれつきの才能だと思っている人が多いですが、本当のユーモアは人生の中で苦しいときに生まれるものです。ドイツ語には「Humor ist, wenn man trotzdem lacht.(ユーモアとは、にもかかわらず笑うこと)」という有名な表現があります。つまり、自分が苦しんでいるのにもかかわらず、相手に対する思いやりとして笑いを示すということです。これが真に深みのあるユーモアだと思います。

 私たちの日常のコミュニケーションの半分以上は、動作や顔の表情など、ボディランゲージで無言のコミュニケーションをとっていると思います。例えば、外国に行った時、生真面目な、顔をしかめている人に道を聞きづらいですが、笑顔の人には聞きやすいと思います。人間はユーモアの能力を開発することによって、より明るく生きることができ、様々なストレスを緩和できます。

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