オピニオン/保健指導あれこれ
保健師スピリッツと実践活動

No.5 立ち直る力

長野県看護大学名誉教授、 鹿児島大学医学部客員研究員
小西 恵美子
 感動の一文に出会いました。

 「赤酒、間に合いました」と題し、吉村朋晃氏のエッセイはこう始まります。

 「熊本の正月には欠かせない屠蘇用赤酒の出荷がピークを迎えている。私が勤める酒造会社瑞鷹(ずいよう)は江戸末期に創業し、一度途絶えた赤酒を戦後、復活させ守ってきた」

 しかし、2016年4月の熊本地震。

 吉村氏は、「100棟超ある建物の7割が被害を受け、土蔵造りはほぼ全壊、大規模半壊の状態だった。原酒の一部も被害を受け、廃棄せざるを得ない状態だった。工場の再開も危ぶまれたが、地元の人に『赤酒、今年は間に合うとや?』と勇気をもらい、例年通りの出荷に間に合うことができた」と綴り、

 「正月に赤酒を飲むことで、少しでも前向きな気持ちになってくれる方がいるならば、こんなにうれしいことはない。工場の完全復旧には何年かかるかわからない。それでも、熊本の赤酒は守り抜いていきたい」と結んでいました。

(2016年12月16日付、日本経済新聞)

赤酒(瑞鷹株式会社/製造・販売)

 災害が多発する日本。敗戦、災害、困難に立ち向かういくつもの物語が人々を感動させてきました。そしてそれが、日本の力、倫理観、文化となって我々の心の底流に流れていると感じます。 人間に備わっている回復力はトラウマを乗り越え前向きに生きる力。今、看護でも注目されているレジリエンス(resilience)も、これに通じる概念と思います。

ナイチンゲール

 体内でも、このような感動的なことが起こっています。その現象に注目したのがナイチンゲール。

 「看護のしなければならないことは、自然の力が患者に働きかけるように、最善の 状態に患者をおくことである」「新鮮な空気、光、暖かさ、清潔さ、静かさ、適切な食物の供給・・」。

 これらの教えは今も看護の原点であり続け、ナイチンゲールに始まる自然治癒力への働きかけは看護の誇りです。

 先日、「食事・運動・心の持ち方の大切さを患者に伝えるには」を読みました1)。著者は日本の治験を牽引してきた中野重行医師。人間本来の自然治癒力こそ薬物治療の基盤であることを科学的根拠と共に述べ、次のメッセージを伝えていました。

・薬物治療は生体の有する自然治癒力を基盤に成り立っている、

・治療は「疾患Disease」ではなく,「病人Patient with disease」を対象とし,患者と医療者間の信頼関係を治療行為のベースにするので,その「養生法」には心理社会的要因の考慮が,自然治癒力を高める工夫として必要となる、

・自然治癒力は,食事・運動・睡眠・心の持ち方を柱とするライフスタイルの在り方に大きく影響を受ける。

 保健師は、「病人」「健康人」という2項対立ではなく、全生涯を通じての健康の連続体2)、p.44)の視点で、人々のライフスタイルの在り方に支援の手を差しのべています。その専門的観点からも、中野医師の哲学との共通項は少なくないと思います。

自然治癒力

 自然治癒力は放射線影響にも非常に重要な機能を果たしています。

 人体が放射線を受けると、その部位の細胞の中のDNAが傷つけられ、それが原因となって様々な放射線影響が起こる可能性があります。しかし、図1に示すように、人体にはDNA、細胞・臓器、および個体のそれぞれのレベルに自然治癒力が備わっています。


図1. 放射線障害の発生メカニズム3)

1.  DNAレベルの修復: DNAは自己修復力をもっており、傷ついたDNAを取り除く。

2. 細胞レベルの淘汰: もし修復に失敗してDNAの傷が残った場合には、異常をもった細胞は自滅する(細胞死)。

3. 組織・臓器レベルの回復: 障害を受けた細胞を周辺の正常な細胞が置き換える。

4. 個体レベルの回復: 免疫反応として知られる防御機構が働く。

 このように、人間の体にはさまざまな防御機構がDNA、細胞、および個体レベルに備わっていて、外的要因から身を守っています。

 これは、人間は絶えず自然放射線を浴び続け、生涯のトータルではかなりの線量に達するのに、放射線障害にならないことからもわかります。

 また、放射線治療において、1回限りの大量照射ではなく、1回あたりの線量を少なくして間隔をおき、1ヵ月~1ヵ月半などにわたる分割照射を行うのは、病巣周囲の正常細胞の回復を促して副作用を少なくするためであり、ここでも、自然治癒力を高める治療上の工夫がなされています。

ある看護学生

 福島県出身のAさんは、高校生の時、生まれ育った陽光の町で原発事故を体験しました。他県の大学を選んだのは、保健師活動の伝統をもつその地で学び、卒業後は故郷に戻って保健師として働きたいと考えたからでした。

 大学は原発事故とは縁遠い、のどかな田園地帯の中でしたが、接する人々の何気ない言葉に彼女は幾度となく傷つきます。例えば、検診データに星マークが1つ付いた時、保健師の声かけは、「無理ないよね、あなたは福島出身だもんネ」。なかでも、外来講師として授業に見えたある医師の冗談は、他の学生は楽しそうに笑っていても、彼女の心に突き刺さりました。


 「君たちはまだ若いんだから、福島にだけは絶対に行くんじゃないヨ」。

 同大学の教員が、原発事故と放射線について4年生の授業を企画しました。同大学とは長い関わりのあった私にその授業を頼まれたのですが都合が悪く、旧知の放射線防護専門家・B氏を紹介しました。まだ低学年だったAさんは、担当教員に頼んでその授業を聞きに行きました。そして、講義を終えたB氏のところに行き、自分の体験を聞いてもらいました。B氏の一言が、彼女の転換へのスイッチとなったのでした。


 「その体験を生かして放射線に向き合ってはどうか」。

 今、Aさんは4年生。卒論は放射線についての人々の知識とイメージに関することで、そのもとは自身の体験です。卒業まであと2か月、「本当に学びの多い、恵まれた4年間でした」と彼女は振り返っています。卒業後は当地を離れ、大学院に進学して放射線看護専門コースで学び、さらに深く放射線と向き合う決意を固めています。大学院を終えた後は、保健師として故郷で働く気持ちは変わっていないということです。

 原発事故が人々の心と環境に与えた傷。これに対しては長時間かけての修復が必要ですが、それは決して後ろ向きの過程ではありません。その過程への保健師の関わりは本当に大事です。

 Aさんが育った陽光の町は、「研究グループ麻原班」のフィールドでした(参照:保健師の活動と放射線について)。

 私たちはその町で、「放射線ミニ講座」に集まって下さった住民の方々と車座になって貴重な対話を重ねたのでした。

 Aさんのレジリエンスにエールを送ります。そして、その先に待っている放射線看護を修めた保健師としての成長と実践を楽しみにしたいと思います。

参考文献:
1.中野重行. 薬物治療効果の構造的理解(後編): 「食事・運動・心の持ち方」の大切さを患者に伝えるには.医学界新聞第3204号.医学書院. 2016.
2.Pender N.J.(1996)/小西恵美子監訳(1997). へルスプロモーション看護論. 日本看護協会出版会.
3.草間朋子、太田勝正、小西恵美子. 改訂版・医療のための放射線防護.振興交易医書出版部.1992.(p.40参照)

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