No.3 クレームは「迷惑行為」か「支援の入口」か
―境界を引きつつ、声なきニーズを拾う技術
2017年、私たちは本連載のNo.1「なぜ私たちグループはクレームを取り上げたのか?」、No.2「クレーム対応研修プログラムの開発経過」を通じ、「クレームを活用した保健師のスキルアップ」の重要性を発信しました。
それから8年が経ち、2026年現在、対人援助を取り巻く環境は激変しました。現場では「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉が一般化し、暴言や暴力から職員を守るための「組織的な防衛」は、今や当然の責務として定着しています。
しかし、ここで一つの問いが生まれます。
「私たちは自分たちを守ることに専念するあまり、相手の言葉の背景にある切実なSOSを見落としていないでしょうか?」
毅然とした防衛は不可欠です。一方で、表面的な怒りを「迷惑行為」として切り捨てるだけでは、支援が必要な人との接点までも断ち切ってしまう危うさがあります。
そこで今回、8年間の研修実績と研究成果をもとにさらに磨き上げた、2026年最新版の「クレームを活用した対人支援に携わる専門職のスキルアップ研修」プログラムを紹介します。「自分を守る力」を担保しながら、いかにして「潜在ニーズをつかむ専門性」を発揮するのか。その新たな指針を提示します。
対人支援に携わる専門職はどうクレームを捉えたら良いか?
クレームとは一般的に商品やサービスに対する顧客からの不満や異議、改善要求のこととされています。
では、私たち対人援助職に向けられたクレームをどう捉えたらいいのでしょうか?
近年、対人援助の現場では、住民からの暴言や暴力への関心が高まっています。実際に職員が傷つけられる事例も報告され、調査や対策、組織的な安全管理の必要性が示されています。
こうした取り組みは、援助職を守るうえで欠かせないものです。
一方で、「クレーム=暴力」と決めつけてしまう危うさもあります。明らかな暴力には線を引く必要がありますが、安易に同じ枠組みで扱ってしまえば、対人援助職本来の役割、すなわち対象者の言葉の奥に潜むSOSや潜在的ニーズを捉えることを見失いかねません。
クレームにはしばしば声にならない訴えが潜んでいます。「対応が遅い」「説明が足りない」といった表面的な言葉の裏には、不安や孤独、生活上の困難が隠れていることがあります。「分かってほしい」「助けてほしい」という切実な思いが「怒り」として表出している場合が多いのです。
対人援助職に求められる「二つの対応力」の両立
二つの対応力とは、「潜在するニーズをつかむ力」と「自分を守る力」です。
潜在するニーズをつかむ力
相手の言葉を遮らず背景を読み取り、怒りの裏にあるSOSを見極め、支援につなげる力です。
自分を守る力
危険を感じたら一人で抱え込まない。複数で対応し、上司や組織に報告して対応を引き継ぐなど、境界線を明確にする力です。
この二つは相反するように見えて、両立してこそ専門性が発揮されます。防御に偏ればニーズをつかめず、受け止めすぎれば精神的なダメージを負いかねません。その間にある「落としどころ」を見極め、線引きを意識的に行えることは、専門性を発揮する重要な技術だと考えます。
クレームを活用した研修では、「二つの対応力」を安全な場で学ぶ
「潜在するニーズをつかむ力」と「自分を守る力」は、知識として理解するだけで身につくものではありません。実際の場面を想定しながら考え、互いの経験や視点を持ち寄って検討する中でこそ、実践的な力として育まれていきます。実践」に近いシチュエーションで効果的に力を育むためには、参加者が安心して意見を交わし学べる機会が不可欠です。
そこで私たちは、心理的に安全な環境で実践的に学びを深める方法として、ケースメソッドを活用した研修プログラムを作成しました。具体的な事例をもとに討論を行い、クレームの背景にある根本原因や潜在的ニーズを多角的に検討していきます。
議論を通して、参加者は個人の対応技術だけでなく、「組織としてどのように対応するのか」という視点を養うことができます。クレームを個人の問題として抱え込むのではなく、組織的な改善や支援体制の整備へとつなげていくことも重要な学びとなります。
こうした学びを通して改めて問い直されるのが、クレームという現象を私たちがどのように捉えるのかという問題です。
クレームを単なる迷惑行為として切り捨てるのか、援助の入り口とみるのか?
その姿勢が、対人援助職としての力量を大きく分けます。権利擁護が重視される時代だからこそ、境界を守りつつ、声なき声を拾う力が求められるのではないでしょうか。
もちろん、クレーム対応の実践には勇気が必要です。だからこそ私たちは、研修を通じて皆さんと課題を共有し、現場で安心して活かせる力へとつなげていきたいと考えています。
プログラムの作成過程では、まず私たちは民間のクレーム対応研修に参加し、クレームの考え方、対応のポイントを学びました。さらに、とてもクレーム対応に長けた熟練保健師のインタビューから、クレーム対応の基本姿勢を抽出しました。
なお、その結果は、保健師ジャーナル2014年Vol.70, No.12「保健師としてのクレーム対応のあり方と組織としての対応 熟練保健師がもつ経験知の質的分析から」に掲載されています。
この後に続くNo.4・No.5では、研修プログラムの具体的な内容について紹介します。
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