Vol.2 毛髪や爪からストレスホルモンを測定する
過労死防止の鍵を握る、ストレスの「客観的評価」
私たちは日々、職場において、膨大な量の仕事に追われたり、仕事上の責任を負わされたり、対人関係に悩まされたりなど、さまざまなストレスにさらされています。このようなストレスは、過度になると、うつ病、自殺、心臓疾患、脳血管疾患など、いわゆる過労死を引き起こすことが一般的に知られています。
過労死の対策を考える上で、ストレスを評価して、低減することは重要な課題となります。
このような状況を受け、私たちは、ストレスの生理学的な評価法の一つとして、 "ストレスホルモン"として知られているコルチゾールに注目して研究を行っています。
コルチゾールは副腎皮質から放出されるステロイドホルモンであり、唾液から測定することが可能です。ストレスの負荷をかけると(たとえば、人前でスピーチをさせるなど)、その値は10~20分ぐらいの間に2~3倍に増加することが知られています。
コルチゾールは、さまざまな疾患との関連も長年研究されており、ストレスと身体的・精神的健康を結びつける重要なホルモンと考えられます。

画像提供:過労死等防止調査研究センター(RECORDs)
過去数カ月の「慢性ストレス」を遡及評価できる毛髪測定
最近では、毛髪に含まれるコルチゾールについて注目が集まっています。毛髪は生成される際にケラチンにコルチゾールも取り込まれることがわかっています。毛髪は1カ月で約1センチ伸びるので、例えば、根元から3センチ部分の毛髪のコルチゾールを測定すれば、最近3カ月のコルチゾールを評価できると考えられています。
職場のストレスに関連した研究はまだ少ないですが、一例として、失業している人、シフトワークに従事している人では値が高いことが報告されています[1,2]。また、比較的最近の研究では、急性心筋梗塞などを発症した人や自殺した人では、健康な人と比べて、毛髪のコルチゾールが高いことが報告されています[3,4]。
ただし、毛髪は、染毛(ヘアカラー等)や洗髪などによって組織が損傷するとコルチゾール値が低くなることがわかっています。また、コルチゾールを評価する際には、数十本の毛髪を後頭部からハサミで切って採取する必要があるため、これらの点には留意が必要です。
高い実用性と簡便性 「爪」によるバイオマーカーの可能性
また最近の私たちの研究では、手の爪からも同様にコルチゾールの評価をできることがわかっています。
例えば、2週間伸ばした爪であれば、過去の2週間分のコルチゾールを評価できると考えられます。爪は生成されてから先端に伸びるまでに数カ月かかることから、その値は数カ月前の状態を反映していると考えられています。爪は毛髪よりも採取が簡単であり、郵送でも回収できるため、利便性が高い試料です。
職場のストレスイベントを過去に経験している人では爪のコルチゾールが高いことや[5]、最近では、職場でいじめを受けている労働者では爪のコルチゾールが高いことも報告されています[6]。
「蓄積型」の指標が変える、職域での過労死リスク管理
毛髪や爪の試料からは、過去、数週間から数カ月にわたって体内で蓄積されたコルチゾールを評価できます。一過性のストレスよりは慢性的なストレスが健康を害することを考えると、過労死の研究を進めていくうえで、毛髪や爪の試料はとても有用なツールになると考えられます。
私たちは過労死が多発している看護師やトラックドライバーを対象に、毛髪や爪の試料を採取する研究も実施しており、今後、さらなる展開が期待されます。

画像提供:過労死等防止調査研究センター(RECORDs)
参考文献
[1] Dettenborn L, Tietze A, Bruckner F, Kirschbaum C. Higher cortisol content in hair among long-term unemployed individuals compared to controls. Psychoneuroendocrinology. 2010;35(9):1404-9.
[2] Manenschijn L, van Kruysbergen RGPM, de Jong FH, Koper JW, van Rossum EFC. Shift work at young age is associated with elevated long-term cortisol levels and body mass index. J Clin Endocrinol Metab. 2011;96(11):E1862-5.
[3]Izawa S, Miki K, Tsuchiya M, Yamada H, Nagayama M. Hair and fingernail cortisol and the onset of acute coronary syndrome in the middle-aged and elderly men. Psychoneuroendocrinology. 2019;101:240-245.
[4]Karabatsiakis A, de Punder K, Salinas-Manrique J, Todt M, Dietrich DE. Hair cortisol level might be indicative for a 3PM approach towards suicide risk assessment in depression: comparative analysis of mentally stable and depressed individuals versus individuals after completing suicide. EPMA J. 2022;13:383-395.
[5] Izawa S, Matsudaira K, Miki K, Arisaka M, Tsuchiya M. Psychosocial correlates of cortisol levels in fingernails among middle-aged workers. Stress. 2017;20(4):386-389.
[6]井澤修平, 久保智英, 菅谷渚. 心理社会的ストレスを評価するバイオマーカーの検討:情報通信業の労働者のいじめの体験と爪コルチゾールの関連. 過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究・令和6年度総括・分担研究報告書. 2025;237-242.
私たちRECORDs(過労死等防止調査研究センター)は、ポータルサイト「健康な働き方に向けて」で、研究成果の紹介、国内外の最新研究動向、産業保健の現場で活用できるツール、制度に関する情報など、幅広いコンテンツを発信しています。毎年3月にはシンポジウムを開催していますので、ぜひ、ご参加ください。
令和7年度 過労死等防止調査研究センター 研究成果発表シンポジウム
「過労死等研究の世界を覗いてみませんか?」
【テーマ】
第1部:あなたの知らない過労死等研究の世界
第2部:あなたの声が、未来の研究を動かします
【日 時】
令和8年3月4日(水)13:30~17:00
【会 場】
現地(東京都港区・AP新橋 4階ルーム D+E)およびオンライン(Teamsウェビナー)により開催
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関連リンク
保健指導リソースガイド・オピニオン「労働者の疲労リスク管理・効果的な休み方―過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の成果と職域での取り入れ方」(著・久保智英)
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