No.4 笑いの健康効果 -先人に学ぶ
笑いの健康効果は広範囲に及ぶ。不安や「ウツ」を除き、逆境にくじけない精神力を作る。リュウマチ関節炎の痛みを抑え、弱くなった免疫力を高める。一方で、免疫が行き過ぎて発症するアレルギーを抑制する。
このほか、ストレスによる心臓発作や糖尿病を防ぐ。いずれも客観的な科学研究によって裏付けられている。
今回はこれら研究の端緒となった偉大な先人を二人、紹介する。笑いによって自分自身の病を癒し、その経験に基づき、多くの人々にその効果を広めた。奇しくも、お二人とも日本との縁が深い。
ノーマン・カズンズ氏記念碑(広島市) 【写真提供:広島市の観光情報サイト「ひろしまナビゲーター」 】
初めはノーマン・カズンズ氏。
アメリカジャーナリズム界の重鎮。わずか2万分の売り上げであった有名な書評誌『サタデー・レビュー』を65万分にまで伸ばし、30年間も同誌の編集長を務めた。1949年、広島を訪問、原子爆弾投下の惨状を視察。広島戦災児育成所の原爆孤児たちに強い衝撃を受け、ルポルタージュ「4年後のヒロシマ」を発表した。
その後、原爆によってケロイドを負った若い女性たちとエノラ・ゲイ号(原爆を投下したB‐29)の副機長だったロバート・ルイス氏と対面させる番組を企画。この番組の反響により1955年に被爆した女性25名が米国ニューヨーク市のマウントサイナイ病院において皮膚移植の治療を受けるなど被爆者救済運動を展開。
このような功績から広島市の名誉市民となり、広島の平和公園に記念碑がたてられた。しかし、この活躍の陰には、大きな病との戦い、そして笑いによる治療の体験がある。
1964年にソ連を訪問し帰国後、免疫異常疾患の一種、強直性脊髄炎が発症した。症状は重くベッドでの寝返りもできず、体中に痛みがあり、口も満足に開くことができなかった。医師からは回復は絶望的だと言われた。この時から闘病生活が始まる。
これまで何事も医師任せであった治療を改め、自分の持つすべての力を使って治療しようと決心する。まず、ハンス・セリエの唱えたストレス学説を思い出した。欲求不満や、抑圧した感情あるいは怒りなどのストレスは副腎機能を低下させる。これに対し、カズンズは、笑いや肯定的な思考、生への意欲を持つことがストレスを取り払い、病と闘う意欲に役立つと考えた。
手始めに滑稽な映画がよいと思い、人をかつぐテレビ番組「どっきりカメラ」や「三ばか大将」などのテープやビデオを観た。効果はてき面。10分間、腹をかかえて笑うと、少なくとも2時間は痛みがなく眠れた。笑いによる鎮痛効果が薄らいでくると、繰り返し観たが、効果があったという。
時には看護師さんに協力してもらい、いろいろなユーモアの本も読んでもらった。前後に血沈を測定するといつもより5ポイント低くなっていた。数値自体の変化は大きくないが、効果は持続的であり、累積的であった。
同時に彼は免疫力と自己治癒力を働かせるためにそれまで飲んでいた鎮痛薬の服用をやめ、ビタミンCの大量投与を行った。主治医のウィリアム・ヒッツィグ博士は驚きながらも同意した。笑いとビタミンCのおかげで、効果が顕著に表れた。カズンズは奇跡的に難病から回復し、ジャーナリストとして再び活躍した。
その後、彼は自分の経験をもとに多くの発表を行い、笑いの医学的効用の権威者となり、世界的にも有名になった。医科大学に招聘され、教授となって笑いの医学を教えた。笑いが医学的に重要な治療手段となりうることを教授。重要なことは笑いを治療に取り入れ、ポジティブに考え、適切な薬物療法を組み入れた事であろう。彼の著書『笑いと治癒力』はこれらの経験に基づく、壮烈な闘病記である。
もう一人はハンター・キャンベル・アダムス氏、通称パッチ・アダムス。
ロビン・ウイリアムズが主演した映画「パッチ・アダムス・トゥルーストーリー」で有名に。「笑い」でヒトの心を癒す取り組みをしているアメリカの精神科医。
軍人だった父親の仕事の関係で幼少時に東アジアにいたことがあり、日本食が大好物と聞く。活動を始めてからも数回、日本を訪れている。
パッチは「ばんそうこう」の意味で、心の痛みに笑いという「ばんそうこう」を張ることに由来する。「笑い」によって心の病を癒された患者の一人がつけたあだ名。
アダムスは十代に親しい友人の不幸な死に遭遇して挫折する。自殺まで考え、精神科への入退院を繰り返すうちに、患者をジョークで笑わせると患者の心を癒すことができることに気づき、自分にも応用。笑いにより精神疾患から回復。同時に1963年ワシントンでのマーチン・ルーサー・キング牧師の「I have a dream」の演説を聞き大きな感動を受ける。
「愛と平和」をバックボーンに、医学の道に入った。笑いとユーモアを根底にしたやさしい医療をめざし、ドイツ語で「お達者で」の意味を持つ「ゲズントハイト・インスティテュート」病院を設立。
ウエストバージニア州にある病院で無料の診療活動を行っている。自らがホスピタル・クラウンとして診療にあたり、笑いを治療にとり入れていくアダムスのやり方に最初は理解を示さなかった周囲の医療人も、その効果を目の当たりにして協力するようになった。
「笑いは鎮痛作用を持つタンパク質の分泌を促進し、血中酸素を増やし心臓を活発にして、血圧を下げ、循環器系に良い効果を与え、免疫力を増す」とアダムスは言った。彼の言ったことは今、多くの研究者によって科学的に証明されている。
理想的な治療を目標としていたが、経営面や社会面で、困難に直面。彼の信条は以下の7項目(ウイキペディアより)。 パッチの「7つの信条」
これらの信条をもとに笑いを医療の手段として活用している。来日されるたびに多くの人々と触れ合い共感と感動を与えている。まだまだ活躍の輪は広がる。
二人の共通点は笑いによる医学的効果を実証していることのみならずそのバックにある信条が「深い人間愛」、「弱者に対する思いやり」そして「人類の平和」という深遠なものである点。二人の活躍が今日の笑いに関する科学研究の推進力となったことは間違いない。
晴れやかな気分は自身の精神性を高め、活力を生み出して次の笑いを生む。笑いは肉体から精神へ、精神から肉体へのポジティブ・スパイラルを生む。笑いの健康効果を二人の先人から学ぶ時、同時に医療人としての原点も学んでいる。笑いから学ぶことは多い。