No.3 産業保健職に必要な事業継続計画(BCP)の知識
事業継続計画(BCP)と災害対応マニュアル
事業継続計画(BCP)と災害対応マニュアルは、企業や組織が災害時に適切な対応を行うための重要な文書ですが、その目的や内容には明確な違いがあります。
以下に、これらの違いをまとめた表1を示します。
表1 事業継続計画(BCP)と災害対応マニュアルの違い
項目 | 事業継続計画(BCP) | 災害対応マニュアル |
---|---|---|
目的 | 災害や緊急事態発生時に、重要業務を中断させず、または早期に再開するための計画を策定すること。 | 災害発生時の初動対応や安全確保の手順を明確にし、被害を最小限に抑えること。 |
内容 | リスク分析、重要業務の特定、復旧手順、代替手段、資源の確保、従業員の健康管理など、業務継続に必要な包括的対策を含む。 | 災害時の緊急連絡網、避難手順、初動対応手順、災害対策本部の設置手順など、具体的な対応手順を中心に記載。 |
適用範囲 | 組織全体の業務継続を対象とし、長期的な視点での対策を重視。 | 災害直後の短期的な対応を対象とし、主に安全確保と被害拡大防止に焦点を当てる。 |
更新頻度 | 定期的な見直しと訓練を行い、組織の変化や新たなリスクに対応。 | 法令の改正や組織の変更、過去の災害経験に基づき随時更新。 |
以上のように、BCPと災害対応マニュアルは相互に補完し合う関係にあり、特にBCPには従業員の健康を守るための具体的な方針や体制を明記することが重要です。そして、産業保健職は災害対策本部の一員として、従業員の健康管理と安全確保に積極的に関与し、災害時の組織の事業継続と従業員の福祉向上に寄与する役割を担っています。
「BCP」と従業員の健康
BCPの策定において、従業員の健康を守ることは重要な方針の一つです。災害時には、長時間労働や過度のストレス、物理的・化学的な危険要因への曝露など、従業員の健康に対するリスクが高まります。
したがって、BCPには以下の点を盛り込むことが求められます。
- 従業員の健康管理体制の確立:災害時における健康チェックの実施、休憩や睡眠の確保、適切な作業環境の維持など。
- 災害対策本部への産業保健職の参画:災害対策本部に産業医や保健師を配置し、健康管理に関する専門的な助言や指導を行う。
- 産業保健職の権限と役割の明確化:災害時において、産業保健職が従業員の健康と安全を守るために必要な権限を持ち、適切な判断と対応ができるようにする。
「オペレーションテンポ」確立の有効性
災害時には「オペレーションテンポ」を持たせることが重要です。これは、1日のスケジュールを厳密に定め、そのスケジュールに従って作業を行うことで、作業の重点や締め切りが明確になり、指揮命令系統も整理されるというものです。
オペレーションテンポが設定されていないと、作業がだらだらと進行したり、上司からの思いつきの指示や部下の混乱を招く可能性があります。したがって、災害発生時には、チームリーダーが率先してオペレーションテンポを確立し、健康担当者は各部署がそのテンポに基づいて活動しているかを確認することが有効です。
就業上の配慮が必要な従業員は、速やかな対応が求められる
また、従前から健康上の問題により就業上の配慮が必要な従業員については、災害時に速やかなチェックと対応が求められます。これにより、持病の悪化や新たな健康被害を防止し、適切な業務配置や休養を提供することが可能となります。
災害には健康障害要因が増加する
災害時には、物理的・化学的・生物学的・人間工学的・心理社会的な健康障害要因が増加します。たとえば、化学物質の漏洩による中毒、感染症の蔓延、過重労働による身体的負荷、災害による心理的ストレスなどが挙げられます。産業保健職は、これらの健康障害要因を予見し、迅速かつ適切な対応を行うことが求められます。
「RTO」「RLO」を踏まえた対応レベルの決定
BCPには「RTO(Recovery Time Objective、目標復旧時間)」と「RLO(Recovery Level Objective)」という概念があります。災害復旧させるときにどのくらいの時間でどの程度復旧させるか、という概念です。
産業保健文脈においても、これを決めておいて目標復旧時間までに業務を戻すための体制づくりを行うことが必要になります。体制づくりを行うには産業保健職が災害対策本部のメンバーとして参画し、事業継続計画を作成する一員になる必要があります。
災害時において、最近はリソースの損耗状況に着目して対応レベルを決めるということが一般化しています。そのことを踏まえてとりまとめたものが表2です。
産業保健職が機能するためには、このように「どの時間帯までに」「何が復旧しているのか」事前に定めておかないと、準備するものがあいまいになり、無秩序に準備が進むことになります。
RTO、RLOの概念を理解し事業継続時にも労働者の健康確保ができる準備がなされることが期待されます。
表2 リソースの損耗状況に応じた対応
項目 | 軽微 | 重大 | 壊滅 |
---|---|---|---|
状況の定義 | 小規模地震、短時間の停電、軽度な台風被害等。一時的業務中断 | 中規模地震、大規模停電・断水、中規模火災等による施設被害や業務中断 | 大規模地震・水害・パンデミック等により施設・インフラが甚大な被害 |
目標復旧時間(RTO) | 安否確認:~12時間以内 初動医療支援:24時間以内 通常業務再開:48時間以内 |
安否確認・初期医療支援:12~24時間以内 最優先業務再開:48~72時間以内 通常業務再開:3~7日以内 |
安否確認・初動対応:24~48時間以内 最低限業務再開:1~2週間以内 通常業務再開:1ヶ月以上 |
目標復旧レベル(RLO) | 通常レベルへの迅速な回復(100%) | 災害前の70%以上のレベルを段階的に回復 | 最低限レベル(50%)を目標とし、段階的に改善 |
従業員の健康管理 | 通常レベルを維持。初期対応(応急処置・安否確認)を迅速に実施 | 応急処置、負傷者対応、メンタルヘルス対策を強化し、健康管理体制を拡充 | 広域的に健康状態把握、医療支援、感染症予防策、長期的心理支援体制の整備 |
持病を有する等、 要配慮者対応 |
持病者など要配慮者の安否・健康状況を最優先で確認し、必要に応じて医療支援を行う | 持病悪化を防止するための医薬品確保・継続的健康モニタリングを早期に開始 | 生命維持のために持病への薬剤・医療ケアを優先的に提供。必要に応じ外部医療機関と緊密に連携・支援を要請 |
医療資源の確保 | 備蓄品(医薬品、衛生資材等)の範囲内で対応可能 | 備蓄品の不足を想定し、外部リソースとの連携を強化し対応 | 備蓄のみで対応不可能。地域医療・行政等から積極的に医療資源を調達 |
地域医療連携 | 特別な連携は不要(通常の連絡体制を維持) | 地域の医療機関との事前協定に基づき医療支援を受ける | 行政・医療機関との緊密な連携のもと、広域的な医療・健康支援を活用 |
衛生・感染症対策 | 通常通りの衛生管理。必要に応じて衛生用品(消毒・マスク等)の追加使用 | 感染リスク増加の可能性が高いため、特別な感染予防策(消毒・隔離など)を徹底 | 感染症アウトブレイクを予防するための強化策を最優先。医療専門家(産業医)の積極的関与 |
メンタルヘルス支援 | 初期的心理ケアを速やかに実施 | 災害ストレス対応のカウンセリングや相談窓口を強化 | 心理専門職の配置、長期的メンタルヘルス支援計画を本格展開 |
教育訓練・周知徹底 | 年1~2回の簡易訓練 | 年2回以上の実践的な訓練を実施(産業医参加) | 外部との合同訓練やシミュレーションの実施(産業医の積極的な関与) |
産業保健職の役割明確化 | 通常の健康管理業務内で対応可能 | 産業医が緊急対応体制に組み込まれ、健康管理の意思決定に参画 | 産業医を健康管理責任者として指揮系統に組み込み、経営層への直接助言を可能とする |
連載のおわりに
産業保健職の皆さんは、日常の業務に追われていることと思いますが、災害の時には甚大な人的・物的な被害を被るのみならず、復旧作業に携わる労働者の皆さんの健康影響についても極大化すると考えられます。そのようなときに準備もなく災害に突入してしまうとうまく対応できないことは言うまでもありません。
災害の対策は、平時、災害時、復旧時とシームレスに活動できる環境が重要であるとされています。今回の連載では、特に平時の取り組みについて連載いたしました。
災害に遭遇しないことが最も良いことですが、災害の多発する昨今においてはなかなかそうもいかないのではないかと思います。しっかり備えてやるべきことをやれるように準備をしていていただければと思います。
日本産業衛生学会等で継続的に学ぶ機会などもあろうかと思いますので、ぜひ継続的に学んでいただければと思います。
参 考
産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター
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