No.3 笑いの健康効果―免疫、脳への影響
玄関前しめ縄「笑門」【写真提供:伊勢宮忠】
本年5月26日,27日に三重県の伊勢志摩でサミット首脳会議が開かれた。
隣県でもあり毎年訪れているので今回の会議には特別な親しみを感じる。
この伊勢地方では多くの家が「笑門」(「蘇民将来子孫家門」)と書かれたお札のついた“しめ縄”を一年中、玄関に飾っている。
しめ縄は正月が過ぎれば外すものだが、この地方は違う。京都の祇園にも同様の風習があるとのことだが、理由は日本の神話に由来するようである。「笑門」のついた“しめ縄”は疫病を避けるために年中飾っておくものだと言う。
これがあると疫病が退散するという。神話の時代から笑いが疫病予防に役立つ話があったのかと我田引水的な考えに浸っている。
笑いが免疫力を上げ、感染症やガンの発症予防に良いことはよく知られている。
主に日本の科学的研究が裏付けとなっている。健常人あるいはガン、糖尿病などの患者さんを被験者として、漫才や、落語を聞いてもらい、大いに笑った後の免疫力を測定している。漫才や落語が笑いの発生源になるところはいかにも日本的である。
また、免疫力は主にナチュラルキラー(NK)細胞の活性を指標としている。NK細胞はガンや感染症の防止に働く自然免疫の主役となる細胞である。出生時にはほとんど体内に無いが、成人になるにつれ、その数が増える。しかし、その活性は加齢やストレスなどによって容易に低下する感受性の高い細胞である。
免疫は人間に備わった最大の生体防御機構で、もともと疫病(感染症)に対する生体の抵抗力。ヒトには2種類ある。
体外から侵入する病原菌に対して生まれつき持っている自然免疫と一度感染した後に、感染した個体が学習して感染源に対して特異的な抵抗性を獲得する獲得免疫である(表1参照)。
この2種類の免疫機構は種々の点で異なるが特徴的な相違点は、関与する細胞と機能する分子の違いである。獲得免疫ではTリンパ球とBリンパ球と抗原提示細胞が主役として働き抗体やT細胞受容体が機能分子となる。
これに対して自然免疫ではNK細胞、マクロファージ、好中球が主役細胞でトール様受容体が機能分子として働く。さらに獲得免疫は血液中の免疫グロブリン(抗体)による液性免疫と細胞障害性T細胞による細胞性免疫に大別されている。
図1 免疫の種類
これまでの研究で笑いは自然免疫と獲得免疫のいずれにも影響を与えることが解っている。
自然免疫では活性が低下したNK細胞の活性を上げる。岡山県の伊丹仁朗先生はガン患者を含む19名について漫才や喜劇を見る前後のNK活性を測定した。
漫才や喜劇を見る前にNK活性が低いヒトは見終わった後、活性が正常範囲まで高くなり、正常範囲にあるヒトも正常範囲内で高くなった。しかし、もともと活性が正常より高いヒトはほとんど影響しないか、かえって活性が下がり正常域に近づいた。
笑いはNK活性を調節し、免疫力を正常化する。このような免疫の正常化は獲得免疫でも見られる。
獲得免疫の行き過ぎて起きるアレルギー疾患や自己免疫疾患の場合である。大阪府の木俣 肇先生はアレルギー疾患の代表であるアトピー性皮膚炎について研究した。
アトピー性皮膚炎の患者さんに、チャップリンのモダン・タイムスのビデオを見せ、その前後でのダニ抗原に対する皮膚反応を検討。アトピーの患者さんは免疫が行き過ぎて、皮膚反応が強く出るが、大いに笑った26人は皮膚反応が減弱した。
このほか、中等度から重症のアトピー性皮膚炎患者237名を1週に1回受診し、12週間、笑いと皮膚炎の関係を観察した。笑いは受診時の会話の中での患者さんが笑う回数をカウントした。その結果、症状が改善した197の患者さんのうち177例(89.9%)は笑いが多く、非改善例40例中4例(10.0%)とは大きく異なっていた。笑いはアトピー性皮膚炎の改善に貢献すると報告された。
免疫が行き過ぎて起きるもう一つの疾患、自己免疫疾患についての研究例もある。自己免疫疾患の一種であるリュウマチ関節炎に対する落語による笑いの影響について日本医大の吉野槇一先生らが研究した。研究では患者さんの関節痛や関節炎に関する血中因子の量を測定した。落語を聞いた後は患者さんの痛みが軽減した。
同時に関節炎増悪因子インターロイキン6(IL-6)は落語を聞く前は34.4 pg/mlであったが後は10.0 pg/mlに減少した。同時に、鎮痛作用を示すβ―エンドルフィンは3.9pg/mlから4.3pg/mlに、もう一つの鎮痛物質メチオニン・エンケファリンも7.35pg/mlから10.61pg/mlに上昇した。このように笑いは免疫の行き過ぎで起きるリュウマチの症状を軽減し、増悪因子を減らし、痛みを抑える物質を増加させて、患者さんの病態改善に役立った。
このように笑いは免疫力を正常化する。これまで、笑いは免疫力を上げるとよく言われているが、正確には笑いは免疫力を正常化すると言った方がよい。
免疫学と同様に科学分野で、長足の進歩がみられる領域に脳科学がある。高齢化社会となり認知症などの脳疾患の増加が引き金となっている。この分野でも笑いの健康効果が報告されている。
群馬県の中島英雄先生はリハビリテーションを兼ねての病院外来で「病院寄席」を月に一回開き、22名の脳疾患患者さんの落語による脳血流への影響を調べた。
落語が面白くて笑った人は血流量が増え、面白くないと感じて笑わなかった人は血流量が増えなかった。面白いと感じる事がカギとなるようである。
また、福島県立医科大学の大平哲也先生は2007年に大阪府の住民で循環器検診を受診した65歳以上の男女985名を対象に笑いと認知症になるリスクの検討をした。
介護予防のための生活機能調査票に準じて物忘れなど3項目について認知機能を指標に調査した。結果、最初の調査では認知機能が低下していたのは全体の26%であり、その割合は年齢とともに高かった。
認知機能の低下していた人のうち笑う機会の「ほとんどない」ヒトは「ほぼ毎日笑う」ヒトに比べて男性で2.1倍、女性で2.6倍認知症になるリスクが高かった(オッズ比で比較)。
また、認知機能の低下していなかったヒトに一年後に同じテストを行うと、ほとんど笑わない人はほぼ毎日笑う人の3.61倍リスクが高いことが解った。笑うことは認知機能の低下を倍以上も防ぐことが期待され、健康老人を増やすのに役立ちそうである。
笑いはこのように免疫異常や認知症など高度な生体機能への影響にも驚くべき好影響がある。高齢化社会を迎えるわが国において少しでも高齢者の健康リスクを減らす努力は欠かせない。
また、昨今、日本では大震災が多発し、被災者が多い。震災による強いストレスは免疫力を低下させるのでその回復にぜひ笑いをとり入れて復興に役立ててもらいたい。高齢者自身にとっても家族にとっても、社会にとっても良いと思われることは実行して行きたいものである。