オピニオン/保健指導あれこれ
変わる「母子保健」と、求められる「産業保健」~職場から広がるママ支援:マムアップパークの実践から~

No.1 産業保健の視点から女性活躍と健康を支える取り組みとはー「マムアップパーク」の目指す未来

つくばウエルネスリサーチ 取締役副社長
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)PD補佐
塚尾 晶子

 提供  つくばウエルネスリサーチ

「子育てがしにくい」社会に向けた「伴走型相談支援」

 2024年の出生数は前年比約4万1000人も減少し、初めて70万人を割り込みました。毎年出生数が減少し続ける現状に、世界から「このままでは日本は消滅するのではないか」と懸念する声も上がっています。

 問題の本質を探っていくと、母親が安心して子どもを産み育てたいと思える社会になっていない現実に行き着きます。政府やわれわれ(筑波大学やつくばウエルネスリサーチ等)が行った子育て当事者への調査でも「日本は子育てがしにくい社会だ」と感じている人は7割近くに上り、状況を改善しない限り少子化の流れは止まりません。

 一方で政府や自治体、企業がこれまで取り組んできたのは、育児休暇などの制度や、保育園の新設などのインフラ整備が中心でした。政府は「伴走型相談支援」を掲げ、妊娠期から子育て期まで保健師らが継続的に寄り添い、必要に応じて医療・福祉サービスにつなぐ体制を整え始めています。
 ただし現状はメンタルケアが中心で、身体的ケアには十分に対応できていないのが実情です。さらに全国で見た場合、居住地域によるサービス格差も指摘されています。

「うごく、つながる、まなぶ」が3本柱

 そこで筑波大学の研究者と保健師や助産師、運動指導士などの専門家チームが連携し、産前産後の女性の心と体のコンディションを整えるプログラム「マムアップパーク by 健幸スマイルスタジオ」(以下、マムアップパーク)[1]を立ち上げました。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の一環で推進され、すべての妊産婦を対象にした「ポピュレーションアプローチ」に基づく取り組みです。

 目的は出産や育児を乗り切るための「体力」や「知識」を科学的根拠に基づいて身につけながら、ママ友や専門職とのつながりを持ってもらうこと。そのため「からだを動かす・人とつながる・見て聞いて知る」を3つの柱として打ち出し、産前産後の女性たちをサポートするのが特徴です。

提供:つくばウエルネスリサーチ

 具体的には産前産後の体づくりに特化したコンディショニング、ストレッチや筋力アップトレーニング、セルフマッサージといった運動の時間と、ミニ講座やメンバー同士の交流、専門家への質問などの時間を1セットとし、1回30~60分のプログラムをオンライン&オンサイト(自治体・企業・NPO等)で開催しています。

提供:つくばウエルネスリサーチ

 これまでにも妊産婦を対象に、さまざまな講座が自治体や民間の主催で行われていますが、「3つの柱」すべてを同時に体験できるプログラムは多くありません。さらにオンラインでの開催によって、予算や人材が不足する自治体でも導入しやすく、質の高いプログラムを全国どこでも住民に提供できるメリットがあります。

産業保健師の果たす役割は大きい

 総務省「労働力調査」[2]によると、2023年の女性(15〜64歳)の就業率は73.8%。25〜44歳に限れば就業率は約8割に達しています。育児休暇などの制度面は整いつつあり、子育てしながら働く女性は増えているのですが、仕事と子育てに忙しく、自らのヘルスケアには意識が向いていない女性が多いのが現実です。

 視察に訪れたシンガポールでは、母親がエクササイズをして心身のコンディションを整えるのは当たり前だという風潮がありました。日本では残念ながら、そのような意識が十分に根付いておらず、母親の健康を守る社会とは言えません。

 この状況を変えていくには、今や多くの女性が働く職域での啓発活動やヘルスケアが重要です。それは、母子保健事業といった市町村サービスが社会環境の変化に伴い利用しづらくなっている実情が明らかになったからです。健康経営の面からも産前産後の女性従業員をサポートする意義は大きく、産業保健師が果たす役割に期待が寄せられているところです。

職場で母親の前に立ちはだかる「壁」

 一方で、職場には「子育ては女性の役割」といった無意識の偏見(アンコンシャスバイアス)、先輩女性が後輩女性に厳しい目を向ける“女王蜂シンドローム”、男性社員の無知や無関心など、さまざまな「壁」が横たわっています。

 これらの壁を壊す啓発活動や、育休中・復職後の女性にセルフケアの大切さを伝えることは、将来の疾患予防にも直結します。産業保健師の継続的な関わりがあるからこそ、現場での支援が実効性を持つのは確かです。

 しかし、日々の業務が忙しく、どのようにして母親の支援に関わればよいのか悩む産業保健師も多いでしょう。この悩みを解決するため、福利厚生の一環としてマムアップパーク導入を検討する企業も出てきました。
 マムアップパークと産業保健師との連携が広がれば、女性従業員の健康課題やウェルビーイングはもちろん、会社全体の健康意識を高める力になると期待しています。

「包摂的コミュニティプラットフォーム」構築が挑む国家的課題

「包括的コミュニティプラットフォーム」とは、性別や年齢、障がいの有無、少数派・多数派などにかかわらず、多様な人々がお互いを包み込み、包摂的なコミュニティを実現するために、科学技術を基盤とした社会技術を展開するプラットフォームを開発・社会実装するプロジェクトのことで、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期の14の課題の一つとして位置付けられています。

包括的コミュニティの形成には、すでに心身に高いリスクを抱えている人々へのアプローチだけではなく、その状態に至る前段階の人々を早期に発見し、守る仕組みとしてのポピュレーション・アプローチが重要と考えています。

提供:SIP包括課題

包括的コミュニティプラットフォームが解決するべき課題として「生涯を通じた女性の健幸度向上」が位置づけられており、この中に「妊産婦のWell being を向上する伴走型サービスの開発」が設定されています。ここから誕生したのが「マムアップパーク」です。

【参考】包摂的コミュニティプラットフォームの構築(内閣府)

参 考
[1] MOM UP PARK by 健幸スマイルスタジオ
[2] 労働力調査(総務省統計局)

アルコールと保健指導
無料 メールマガジン 保健指導の最新情報を毎週配信
(木曜日・登録者11,800名)
登録者の内訳(職種)
  • 医 師 3%
  • 保健師 47%
  • 看護師 11%
  • 管理栄養士・栄養士 19%
  • その他 20%
登録はこちら

ページのトップへ戻る トップページへ ▶