No.1 労働災害と身体活動の関係
労働災害予防として、運動が必要な時代に
「運動の目的は?」と聞くと、多くの人が「体脂肪減少を目的としたエネルギー消費量の増加」を思い浮かべると思います。
もちろん、運動にその効果がないわけではありません。しかし実際には、一定のエネルギー消費量を得るには強度や時間が必要になったり、体脂肪の減少は食事でも達成可能であったりします。
そのため、「エネルギー消費量の増加」のみが理由であれば、絶対に運動が必要とは言いがたいです。しかし、「労働災害対策」の観点からも、運動は重要な役割を果たします。
本稿では、労働災害の現状を整理し、運動・体力維持の必要性を解説します。皆さまの産業衛生活動の一助となれば幸いです。
労働災害の現状
①重大事故は減少中
死亡災害や休業4日以上のような重大な労働災害は、長期的に見て大幅に減少しています(図1)。工場や作業現場では、安全装置の導入や防護柵の設置などが進み、職場の安全性が向上しました。また、企業や従業員の安全意識の向上も、この減少に寄与しています。
しかし、重大事故が減少する一方で、新たな問題が顕在化しています。
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図1 労働災害による死亡者数、死傷者数の推移
出典:厚生労働省「令和5年の労働災害発生状況を公表」[1]
【別添】令和5年労働災害発生状況より
②転倒・腰痛は増加中
厚生労働省は、労働災害の事故の種類を「事故の型」で分類しています。「事故の型」の傾向を見ると、「転落・墜落」や「はさまれ・まきこまれ」などの事故は、直近の20年を見ても減少傾向にあります。
その一方で、ここのところ増加中なのが「転倒」「動作の反動・無理な動作」です(図2)。
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図2 労働災害統計による事故の型別死傷災害発生状況(2016~2023年)
出典:厚生労働省「労働災害発生状況」[2]より著者作図
「転倒」は皆さまのイメージどおり、滑りやつまずき、踏み外しなどによって発生するものです。「動作の反動・無理な動作」とは、仕事上行った作業(動作)に対する反動で、身体を痛めてしまうものです。たとえば、物を持ち上げようとした際に、その反動で腰を痛めてしまう腰痛は、その代表例ということになります。
なお、「転倒」や腰痛等の「動作の反動・無理な動作」をはじめとした、職場における労働者の作業行動に起因とする労働災害は「行動災害」と呼ばれています。
以上のように、労働災害の発生件数は減少しているにもかかわらず、行動災害は増加しているというのが"令和の労働災害”です。
③高年齢労働者はリスク大
行動災害のうち、特に転倒による骨折の年齢別の発生リスクを図3に示します。男女ともに、年齢を重ねていくと、そのリスクは高まります。
特に女性の場合、60歳以上の方は、20歳代の約15倍リスクが高いことが明らかとなっています。その要因は、加齢に伴うバランス能力や筋力の低下によって転倒しやすくなることが挙げられます。特に女性のリスクが高い要因として、閉経に伴う骨密度の低下が考えられています。
このデータから、業務経験が多くても、高年齢労働者には、特に気を付けていただくとともに、高年齢者を含めたすべての従業員が、安全に働けるエイジフレンドリーな環境作りの重要性が理解できます。
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図3 事故の型別・年齢階層別・男女別の千人率(令和5年)
出典:厚生労働省「令和5年の労働災害発生状況を公表」[1]
【参考資料2】令和5年高年齢労働者の労働災害発生状況より
転倒や腰痛は、作業管理と作業環境管理だけでは不十分?
「行動災害の対策」で大切なのは、労働衛生の三管理に基づいた「作業環境管理」「作業管理」「健康管理」です。
言うまでもなく、作業手順の遵守や4S(整理、整頓、清掃、清潔)などの「作業環境管理」「作業管理」に目を向けて対策することは重要ですが、それだけでは不十分です。
たとえば、社内の環境をいくら改善しても、常に濡れた床での作業を行うために滑りやすかったり、営業で外出する労働者が出先で腰痛になったりすれば、有効な対策に繋がっていないと言わざるを得ません。
そこで大切になるのが「健康管理」です。
「健康管理」には疾病やリスクへ対処することはもちろん、運動能力や体力低下の対策も含まれると認識しておく必要があります。加齢に伴い体力は低下しますが、仕事量は高年齢になっても変わらないといった現代社会を考慮すると、日々の管理がより大事になるでしょう。
身体を使う社員だけでなく、デスクワークの社員がたまに身体を動かした際にぎっくり腰になるといった事態も発生するため、健康管理はすべての従業員に必要だといえます。
会社はそこまでする必要があるのか!?
現行の労働安全衛生法(安衛法)では、就労時間内に起きた事故は原則「労働災害」として取り扱われます。そのため、企業・事業者の対策は必要となります。
実際、安衛法第69条第1項に「事業者は、労働者に対する健康教育及び健康相談その他労働者の健康の保持増進を図るため必要な措置を継続的かつ計画的に講ずるように努めなければならない」との記載があります。また続く第2項には、「労働者は、前項の事業者が講ずる措置を利用して、その健康の保持増進に努めるものとする」ともあります。
つまり、事業者だけではなく、従業員自身も、健康維持のための取り組みに協力する義務があります。
今後、安衛法の改正によって、高年齢労働者への配慮などが盛り込まれることもニュースになっています。そのため、企業・事業者も対策を実施しなければなりません。
労働力不足が深刻化する現代では、一人の従業員が職場に与える影響も大きくなっています。職場への従業員一人一人の貢献度は高くなりつつあり、一人の欠勤でも企業にとって大きなリスクになります。
何より、同じ職場で働く仲間が事故にあうことを望む経営者はいないと思います。経営者と従業員で協力しながら、対策を講じていくことが大切です。
健康教育や体力維持のための「運動」実践を!
最後に、「転倒」を例に考えてみましょう。
転倒対策のための靴や腰痛対策としてのコルセットといった「ハード面の対策」は有効ですが、それだけでは転倒をゼロにすることはできません。最も転倒が多い場所は、段差などが何もないところであるように、不注意なども理由になるためです。
そのため、「教育」によって、どのような姿勢になると腰痛に繋がるのかや、体力や筋力の低下に伴う健康被害といったヘルスリテラシーを上げることに加え、自分の身体をしっかりと動かすための体力維持が必須です。実際、社員の腰痛対策に効果のある対策方法は、教育と運動であるというメタ解析[3]も発表されています。
筋力を補助するパワースーツや介護用リフトなども実用化されつつありますので、安全に働くために導入を考えることは決して間違いではありません。しかし、まずは自分の身体について理解し、適切な運動を実施することが重要なのではないでしょうか。
参考文献
[1] 厚生労働省「令和5年 高年齢労働者の労働災害発生状況」(2024年5月27日)
[2] 厚生労働省「労働災害発生状況」
[3] R Huang, et al: Exercise alone and exercise combined with education both prevent episodes of low back pain and related absenteeism: systematic review and network meta-analysis of randomised controlled trials (RCTs) aimed at preventing back pain. Br J Sports Med. 2020 Jul;54(13):766-770. doi: 10.1136/bjsports-2018-100035. Epub 2019 Oct 31.
「職域で本当に必要な「運動推進」~労働災害防止のための「身体活動」推進の実践~」もくじ
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