オピニオン/保健指導あれこれ
産業保健領域での災害対策

No.2 災害時における労働者の健康確保に向けた産業保健職の役割と準備

産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター 教授
立石 清一郎

はじめに

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 災害が発生した場合、労働者の健康と安全を確保することは、極めて重要な課題となります。産業保健職は、このような非常事態において、適切な健康管理を提供する責任を負っています。そのため、平時から災害への備えを整えることが不可欠です。

 本稿では、災害時における産業保健職の具体的な役割と必要な準備について述べます。

方針の明確化

 災害対応の根幹として、産業保健職の方針を明確にしておくことが重要です。災害対応における目標や優先事項を定め、職場全体で共有することで、一貫性のある対応が可能になります。

 この方針には、労働者の安全確保、迅速な医療支援の提供、復旧プロセスへの支援など、具体的な行動指針が含まれるべきです。

平時の準備

 災害に備えるためには、まずリスクアセスメントを詳細に行うことが求められます。このプロセスでは、職場の地理的条件や建物の構造を評価し、地震、台風、洪水などの自然災害の可能性を分析します。

 また、職場で取り扱う化学物質の種類や量を確認し、それらが火災や漏洩などを引き起こすリスクを評価する必要があります。さらに、機器や設備の耐久性、緊急時の避難経路の適切性、停電時の対応能力なども検討に含めます。

寒冷や暑熱に対する準備

 季節ごとの影響を考慮することも重要です。

 冬季に災害が発生した場合、冷えによる健康問題が発生する可能性があります。特に、寒冷環境下での作業は凍傷や低体温症のリスクを高めるため、防寒具や暖房設備、温かい飲料の備蓄を計画する必要があります。

 一方、夏季には熱中症が大きな課題となります。高温環境下での作業を考慮し、冷却装置や十分な水分補給のための設備を準備することが求められます。

備品の準備

 災害対応には、復旧活動に必要な器具や保護具の準備が不可欠です。具体的には、以下の物品を事前に備蓄することが推奨されます。

  • 個人保護具(PPE):ヘルメット、防塵マスク、防護手袋、安全靴など、作業時の安全を確保するための装備
  • 感染症対策用具:手指消毒剤、医療用マスク、防護服、使い捨て手袋など、スペースが限られた環境での感染症リスクを軽減するための物品
  • 産業保健職が安全面を確保するための資材:ほうき、塵取り、ブルーシート、サランラップなど
  • その他、復旧活動用の器具:シャベル、ノコギリ、バールなど、瓦礫の撤去や仮設物の構築に必要な工具

 これらの物品は、災害時の活動を円滑に進める上で不可欠ですが、不足することが対応のボトルネックになる可能性があります。
 特に、感染症対策用具はパンデミックなどの状況下で需要が急増するため、平時から十分な備蓄を行い、必要時に迅速に供給できる体制を整えておくことが重要です。

 このような備品の準備は、単なる物資の保管にとどまらず、使用方法や配布計画を含めた総合的な計画として策定されるべきです。適切な準備があれば、災害発生後の対応力を大きく向上させることができます。

避難計画やその訓練

 リスク評価や方針に基づき、災害時にどのような事態が発生する可能性があるのかをシミュレーションし、その対応計画を策定します。
 この計画には、非常時の連絡網や避難ルート、備蓄品の場所と量、初動対応手順などを明記することが求められます。

 また、安全衛生委員会との連携を強化し、定期的に避難訓練を行うことで、全員が災害時の対応を習得することが重要です。

労働者の健康管理措置

 労働者の健康情報を事前に把握し、持病を持つ労働者や妊娠中の労働者など、特に配慮が必要な人々への対応策を策定します。これには、重傷者(透析実施者など)がいる場合、医療機関との連携体制の構築が含まれます。

 また、事前に災害対応をする際に懸念のある健康状態のあるものをピックアップしておくことも必要です。たとえば、復旧作業などで疲労蓄積が過ぎると症状が悪化する可能性がある、てんかんのある患者などです。

 発災後に電気が使えない可能性があることを見据え、これらのリストはアナログでも準備しておくことが必要となります。

TKB問題

 特に災害時には、トイレ、キッチン、バスに関連する課題、いわゆる「TKB問題」が発生しやすいです。これらの問題に対処するため、簡易トイレや非常用の水および食料の備蓄、仮設の衛生設備の確保が不可欠です。産業保健職として、これらの具体的な準備を平時から計画的に進めることが求められます。

 「トイレに行けないから水分を取らない」と考える方もいますが、このことで血液濃縮による健康影響(心筋梗塞・脳梗塞など)が発生しないよう、事前の準備が重要です。

関係部門との連携

 災害対応部門との密接な連携が欠かせません。災害時に迅速かつ的確な対応を行うためには、事前に産業保健が対応体制の一部として組み込まれていることが重要です。

 産業保健職は、災害対応部門と協力し、健康管理の視点を加えた災害対応計画を策定し、共有する必要があります。この連携により、職場全体で一貫性のある対応が可能となります。

受援の準備

 災害時には自ら全ての課題に対応できない場合も想定し、専門家に助けを求める体制を整備しておくことも重要です。この「受援」の姿勢は、職場全体の安全と労働者の健康を守る上で不可欠です。

 医療機関、行政、専門家との連携窓口を明確にし、平時から関係性を築いておくことで、災害発生時に円滑に支援を受けられるよう準備しておくべきです。

知識のアップデートの必要性

 産業保健職自身の知識やスキルを定期的にアップデートすることも重要です。災害医療や危機管理に関する最新の知識を習得するための研修や学会への参加、専門書やガイドラインの確認を継続的に行うことで、災害時に効果的な対応が可能となります。

 また、他の職種との協働に必要なコミュニケーションスキルの向上も、平時から意識的に取り組むべき課題です。

災害発生時の対応:産業保健職に期待される役割

 災害対応時には、産業保健職自身の安全を守ることも重要です。適切な防護具の使用や避難ルートの確保、緊急時の通信手段を確立することで、自らの安全を確保しつつ、労働者への支援を継続できる体制を整えます。
 同時に、災害時には人的リソースが不足し、労働者の負担が増大することが予想されます。このため、疲労の蓄積が不可避となり、産業保健職には労働者の疲労対策や健康モニタリングにおいて重要な役割が期待されます。具体的には以下の対応です。

  • 作業負担を軽減するためのシフト調整や休憩の確保
  • 疲労の兆候を早期に察知するための健康状態のチェックリストや定期的な観察
  • 労働者に対する心理的支援やカウンセリングの実施

 産業保健職はこれらの対応を通じて、労働者の健康を守りながら職場全体の機能を維持するうえで欠かせない存在となります。

災害後のフォローアップ

 災害が収束した後も、労働者の健康への影響を評価し、必要なフォローアップを行うことが重要です。災害後の健康診断を通じて身体的および精神的な健康状態を把握し、必要に応じて心理的支援を提供します。ストレスやPTSDの予防に努めるためには、外部の専門機関との連携も視野に入れるべきです。

 職場復旧の過程では、労働環境の安全性を確認し、被災した労働者の復職を支援する取り組みを進めます。また、TKB問題が十分に解決されたかを再評価し、将来的な改善策を検討します。

おわりに

 災害時における産業保健職の役割は、単なる健康管理に留まらず、労働者が安心して働ける環境を確保することにあります。
 平時から災害時に備えた準備を整えることで、迅速かつ的確な対応が可能になります。

参 考
産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター

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