オピニオン/保健指導あれこれ
クレームを活用した保健師のスキルアップ研修
No.2 「クレームの向こう側のSOS、キャッチ出来ていますか」-クレームを援助技術向上の契機にできる研修プログラムの開発-
1.「対人援助職だからできるはず」対人スキルの過信に気づく
研究に着手した当初は、保健分野のクレームに関する知見はほとんど見当たらない状況でした。企業向け書籍や研修企業の講座の受講などから、活用できることを模索しました。
その結果、保健従事者は、お詫びの姿勢や態度、言葉遣いといった、基本的なビジネススキルに不足があるのではないかと気づいたのです。
そこで、基本姿勢の習得を中心にした研修を企画しました。例えば、クレームの初期対応では、相手の怒りのエネルギーの発散がおさまるまで反論せず、3分間程度はしっかりと訴えを傾聴するのが原則です。実際にロールプレイをしてみると、3分どころか、1分ももたない参加者が続出しました。感情的に責め立てられるとたまらず、相手の話を遮って、弁解や否定を始めてしまうのです。
逆に申立者の立場からは、このように話を遮られると怒りが増幅することを体験的に理解することができました。この研修プログラムは、職業人としての基本姿勢やマナーを省みることができるという点では有効と言えました。
2.クレーム対応の達人の実践知から学ぶ
しかし、研究会では、保健従事者が行うクレーム対応の目標は「炎上させない」ことではなく、「クレームの裏に隠れたSOSを見つけ、対応策を講じ、支援に繋げられる」ことだと考えていました。より効果的なプログラムの開発のため、拠り所とするクレーム対応のモデルを検討しました。また、適切な対応には、個人と組織(管理職)の両輪を揃えることが必要であると考えました。
そこで、クレーム対応に熟練した保健師・管理職それぞれにインタビュー調査を実施し、実践知の質的分析をしました。(この結果は、保健師ジャーナル2014年Vol.70.No.12に掲載されています。) この結果をもとに、プログラムの評価指標と第2版プログラムを作成しました。評価指標は基本姿勢に加え、アセスメント力・判断力、また個人・組織両方の視点を組み込んでいます。内容には、基本対応・ロールプレイに加えて、ケーススタディ(事例検討)を加えました。 事例を用いて問題を分析することで、「クレームを支援に繋げる力(問題解決能力)」の育成を図りました。この結果、初期プログラムとの比較では一定の向上は認められたものの、問題解決能力の育成という点では、十分な効果を認められない評価に留まりました。
3.「ケースメソッド」を活用した研修プログラム

そこで、第3版プログラムからは「ケーススタディ」ではなく、「ケースメソッド」を採用しました。両者の大きな違いは、クレームという事象に対して後ろ向きか(retrospective)、前向きか(prospective)です。保健従事者の業務は、多様で個別性が高く、オーダーメイドだと言われます。過去の事例から学んでも、それが再現されることはほとんどありません。必要なのは、これから起こることに対する問題解決能力です。さらにケースメソッドには、自分と他者との思考の違いに気づき、思考の枠を広げられるという強みがあります。 以上を踏まえた第3版プログラムでは、十分な効果を確認できました。研修3ヶ月後より6ヶ月後の方が、また研修後にクレームを体験しない人より体験した人の方が、評価指標の得点の上昇、または維持を認めました。これは参加者が、研修を通じて、ハウツーのような表面上の学びに留まらず、クレームを自己成長のための教材として位置づけて学ぶことができるようになったためと考えます。 クレームを活用した研修プログラムを、「日々の業務の中の経験を省察し、意味づけて、新しい場面で試す(Kolbの経験学習理論)」という、学びのサイクルの入り口に位置づけることができれば、保健従事者が自律して継続的に学ぶ力へと繋がるのではないかと考えます。 研究会では、今後もクレームを活用したより効果的な研修プログラムの開発を進め、現場へ貢献していきたいと考えています。次回、第3回では、本研修プログラムの効果を高めた「ケースメソッド教授法」の現任教育への活用について、慶応義塾大学看護医療学部教授の小池智子先生からご提言を頂きます。

聖隷クリストファー大学看護学部(公衆衛生看護学)助教
(経歴)
三重県立看護短期大学専攻科地域看護学専攻卒業、浜松医科大学医学系研究科修士課程修了。浜松医科大学医学部看護学科助手を経て現職。看護職の創造性開発教育を中心にモデル開発や研修に携わる。「おもしろ健康教育研究所」 所長。
「クレームを活用した保健師のスキルアップ研修」もくじ
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