オピニオン/保健指導あれこれ
笑いと健康長寿

No.2 笑いの健康効果 -不安、痛みの軽減

岐阜薬科大学名誉教授、岐阜保健短期大学教授兼学長
永井 博弌
「笑い」の健康効果

写真

夜と霧
著:ヴィクトール・E・フランクル
 ハーバード大学医学部のジョージ・バリアント教授は「ユーモアは人間の持つ能力の中で最も素晴らしい防衛力の一つである」と述べている。

 ユダヤ人心理学者ビクトール・フランクルは自著「夜と霧」の中でその実例を示した。

 「夜と霧」は第二次世界大戦中のナチス収容所での過酷な体験に基づき書かれたもの。いつ、死を迎えるかわからない不安な毎日の中で、フランクルは仲間と一緒に一日に一度は必ずジョークを言い、笑うことを約束する。虐待や恐怖によって精神的に追い詰められて亡くなっていく人が多い中、フランクルはジョークによって不安を取り払い、奇跡的に生き延びる。

 「夜と霧」は人生とは何かを考える上で大切な書であるが、同時にユーモアや笑いが命を守るのにどれほど有用であるかを示した書でもある。

 笑いの健康効果についての著述は多い。それらの中で科学的研究に基づき論文として発表された主なものをまとめると表1になる。

 本稿では、これらの効果の中で比較的実感しやすい不安と痛みに対する笑いの効果ついて述べる。

対象となる不安と痛み
 前回も触れたが、子供は一日に約300~400回、大人は10~20回笑う。子供の笑う回数は成人や老齢者に比べ圧倒的に多い。

 不安の種類も年齢によってかなり性質が異なる。子供の不安についてイタリアの小児病院ではホスピタル・クラウンの影響を研究した。

 対象は40人の4~11歳の子供達で、救急外来での不安とその後の外科的処置による痛みについて検討した。痛みの程度は笑っている顔から泣いている顔までの6段階の絵を見せて、自分がどの状態にいるかを選ぶ方法で評価し、不安は問診によって評価した。

 結果、ホスピタル・クラウンが診療に加わると痛みも不安も明らかに軽減した。同様に子供の各種の不安に対するホスピタル・クラウンの効果は米国ゲズントハイト・インスティチュートのハンター・アダムス先生たちによっても実証されている。ハンター・アダムス先生は笑いによる治療を世界に広めた第一人者。

 成人の不安についてはイランのグループホームでの笑いと呼吸法を組み合わせたトレーニングによる健康不安に対する影響を検討した例がある。

 60歳以上の被験者72名を2グループに分け、一方に週一回、90分間のトレーニングを6週間行い、他方は何もしなかった。トレーニングを課したグループでは健康状態が好転し、不眠や不安が改善した。また、別の例として、シカゴのノースウエタン大学では慢性閉塞性呼吸器疾患(COPD)の患者の健康に対する不安について研究した。

 46名の患者(平均年齢66.9±9.9歳)のうち22名にコメディー映画を、他の患者にはニュースや天気予報などの通常の番組を見せた。このうち、コメディー番組を見たグループでは健康に対する不安が改善し、生活の質(QOL)も上昇した。ただし、中には笑いによって症状が一過性に増悪し、過呼吸になった患者がいた。

 従って、笑いを治療に導入する際は患者の状態をよく把握して、適切な指導を行うことが肝要である。このほか、高齢者のうつ病、加齢、ガンなどの不安に対する笑いの効果が検討され、いずれも症状の改善に有用であったと報告されている。

 このような笑いによる不安の除去には、後述する体内に遊離されるホルモンや神経伝達物質などの生理活性物質の産生増加が大きく関与していることが明らかにされている。

 痛みについても多くの研究があり、興味深い結果が報告されている。そのうちの一つとして、日本医大の吉野槇一教授は病院に即席の寄席を設け、林家木久蔵(現;木久扇)師匠を招きリュウマチで苦しむ患者26名に落語を1時間聞いてもらった。この後、痛みの程度を聞くと、いずれの患者も明らかに痛みが軽減した。同時に血液中の鎮痛物質であるβ―エンドルインとエンケファリンの量を測定したところ、両者とも増加していた。

 このことから笑いは鎮痛物質の産生を介して痛みを軽減していることが解った。このほか、筋肉痛やガンの痛みなどに対しても、笑いによって症状が緩和したとの報告が多数ある。

クスリと笑いの健康効果
 不安の治療に使われるクスリと笑いは併用すると互いにその効果が相乗される可能性がある。ベンゾジアゼピン系の抗不安薬は脳内の抗不安物質γ―アミノ酪酸(GABA)を強化して作用を現わす。

 GABAは脳に常在して脳の興奮によって起きる不安や不眠を抑える神経伝達物質。2010年に、笑いの健康影響に対するGABAの効果が研究された。吉本興業、江崎グリコおよびファーマフーズの三社の共同研究である。

 18名の被験者に計算作業によるストレスを課し、その後、GABAを摂取して漫才を聞いた場合と摂取しないで漫才を聞いた場合を比較した。評価は唾液と血液中に出てくるストレスタンパクでストレスの程度を、ナチュラルキラー細胞活性で免疫力を、さらにやる気や疲労感を問診で測定した。

 結果、漫才を聞いて笑っただけでも通常勤務に比べ、ストレスタンパクが減り、ストレスが緩和された。これに対してGABAを服用して漫才を聞いた場合はストレスタンパクが更に減少し、ストレスは大きく緩和された。さらに免疫力は亢進し、やる気が増し、疲労感が軽減した。GABAは笑いの効果を増強したのである。

 従って、不眠や不安を訴え、抗不安薬を服用している患者はGABAの作用が強くなっているので笑いを併用すれば、抗不安薬の効果はさらに増強されることが予想される。科学的なデーターはまだ揃っていないが、理論的には可能である。抗不安薬の効果が増せば、薬の使用量を減らすことができるなど更なる健康効果が期待できる。

 また、うつ病は不安や憂うつ、意欲低下の症状を呈するが、発症にはセロトニン不足が一因とされている。2015年、韓国のチャア先生は中年の重症うつ病患者の64名に笑いによる治療を行った。

 結果、リラックス誘発物質のセロトニン量が増加し、うつ症状が改善したと報告している。抗うつ薬の中にはセロトニン量を増やすものが多くあるのでこの場合も抗うつ薬と笑いを併用すると効果が増強されることが期待できる。今後、セロトニン量の測定などにより科学的に証明されていくであろう。

 このほか、笑いと関係するクスリに全身麻酔薬の笑気(亜酸化窒素)がある。歯科領域で使われるガス状の薬である。

 笑気は吸入すると顔面の筋肉が緩み、笑ったような表情になるのでこの名前がついた。少量でも鎮痛効果や抗不安効果が得られる。そこで笑顔になる顔の表情変化と痛みや不安の軽減作用との関連性が話題となった。作り笑いによる効果と同様なことが起きるのではないかと考えられたからである。

 しかし、両者の間には直接的な関連性がなく、それぞれの作用は独立した機序であることが解ってきた。

 イギリスでは笑気吸入によって不安が除去され、安らぎが得られることが知れ渡り、若者の間で流行して薬物乱用の状態になった。しかし、吸入により死者が出るなど、危険を伴うことから現在は厳しい規制が設けられ、使用が制限されている。

 このように不安や痛みの除去にはクスリも使われるが、クスリにはリスクも多い。そのため、笑いやユーモアを患者さんの状況に合わせて、応用することで薬を使わないで済んだり、使用量を減らしたりすることができるのではないかと考えている。

 

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