オピニオン/保健指導あれこれ
産業保健領域での災害対策

No.1 産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センターについて

産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター 教授
立石 清一郎

1. 災害産業保健センターの設立背景と目的

 「産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター」(以下、災害産業保健センター)[1] は、産業保健の分野における災害対策の中核を担う組織として設立されました。

 企業が直面する災害のリスクは年々増加しており、その影響は経済的損失にとどまらず、従業員の健康や安全にも及びます。特に、日本は地震、台風、豪雨などの自然災害が頻発する国であり、企業における災害対策の重要性は非常に高いものとなっています。
 また、新型コロナウイルス感染症をはじめとした新興感染症・再興感染症はグローバル化による多民族の人流が今後も増すことから、ますますの危機的状況が発生されることが予想されています。感染症も広い意味では災害に含まれます。

 こうした背景から、災害産業保健センターは、企業が災害時にどのように対応すべきか、また、事前にどのような準備を行うべきかを専門的に研究し、企業や産業保健スタッフに対する産業保健に関する外部支援を行うことを目的としています。産業保健における災害対策は、従業員の命を守るだけでなく、企業の事業継続性を維持するためにも不可欠な要素です。

2. センターの活動内容

 災害産業保健センターでは、主に以下の3つの柱に基づいて活動を展開しています。

災害時の緊急対応支援

 災害が発生した際、企業が直面する最大の課題は、従業員の安全確保と事業の継続性です。災害産業保健センターでは、災害発生直後から企業に対して迅速かつ適切な支援を提供します。具体的には、産業保健スタッフが実践する災害活動の支援です。

 例えば、平成28年熊本地震や、熊本県人吉球磨地区に甚大な被害をもたらした令和2年7月豪雨においては、企業や自治体の産業保健スタッフと協働しながら、災害発生後の産業保健ニーズ発生の予測、従業員の健康状態のチェック、災害時のメンタルヘルスケアなどを提供しました。
 また、企業のBCP(事業継続計画)に基づいた支援も行い、企業が災害後に従業員の健康を損なうことなく速やかに業務を再開できるよう支援しています。

事前の準備と教育

 災害に備えるためには、事前の準備が不可欠です。災害産業保健センターでは、企業の災害対策計画の策定支援を行うとともに、産業保健スタッフや従業員に対する災害対応の教育・訓練を実施しています。これにより、災害時に適切な対応が取れるよう、日頃からの備えを強化しています。
 特に、災害発生時における情報管理の重要性や、関連部署や地域保健との連携の必要性について、具体的な指導が行われています。

研究と情報発信

 災害対策の現場で得られたデータや経験を基に、災害産業保健センターでは継続的な研究を行っています。これにより、新たな災害リスクに対する対応策や、より効果的な災害対策のモデルを開発しています。
 また、これらの研究成果は、企業や産業保健スタッフに提供され、災害対策の改善に役立てられています。

3. 能登半島地震での取り組み

 令和6年能登半島地震における災害産業保健センターの活動は、その重要性を示すものでした。この地震では、多くの自治体が被害を受け、職員の健康確保に多大な困難を抱えました。災害産業保健センターは現地入りし、以下のような取り組みを行いました。

被災企業・自治体に対する情報提供

 能登半島地震は令和6年1月1日に発生しました。災害産業保健を専門とする筆者として、石川県とは関わりがなかったものの、まずできることから取り組むため災害産業保健センターのHP内に現地の産業保健職向け情報提供サイトを開設しました。[2]
 健康障害ごとの対応方法や人的・技術的支援の問い合わせ窓口を設置し、現地の産業保健職が対応しやすくなるよう配慮しています。災害対応期間中の閲覧者数は1万人を超えました。

 また、フェーズごとに発生する健康管理上の課題を図1のように整理しました。


図1 フェーズごとに異なる健康管理上の課題

被災自治体職員の超急性期健康管理

 石川県保健医療福祉調整本部内で行政職員健康管理版 J-SPEED[3]というシステムを用いて活動中の健康管理支援は提供されました。入力データに基づき、問い合わせや内服薬の補給、疲労度チェックなどのフォローアップを産業保健の専門家が行い、緊急対応が必要な場合はDPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team:災害派遣精神医療チーム)につなぎました。
 個別対応フローはDOHAT(Disaster Occupational Health Assistant Team:災害産業保健派遣チーム)メンバーが交代制であることから、標準化して対応しました(図2・3)。


図2 J-SPEED行政職員健康管理サイクル


図3 健康管理個別フロー

 日報を作成し、担当者に送付して職場改善に役立てました。また、石川県保健医療福祉調整本部会議やDHEAT(Disaster Health Emergency Assistance Team:災害時健康危機管理支援チーム)連絡会議で職員の疲労状況を報告し、統計的分析を行って有効な疲労対策を提案しました。
 職場の推奨アクションとして、人員増加のためのデータ提供、会議回数の削減、議事録の軽微なミスの許容、休暇の呼びかけなどが行われました。

職場環境改善プログラムの提供

 本部内の他チームとも交流し、意見交換を通して互いの強みを活かす活動が進みました。現地で籠城せざるを得ない、老人保健福祉施設の従業員の負担が課題であるという報告を受けて、参加型改善プログラムを提供しました。

 まずJ-SPEEDで職員の負担感を評価し、特に負担や疲労が高い職員に電話インタビューを実施し、得られた情報を質的分析したところ7つの課題と10の対策に分類されました。結果を基にアクションチェックリストと解説版を作成しワークショップを実施しました。
 経営者、施設長、管理職などが集まり必要な対策を議論した結果、「感謝の言葉を使う」「震災前の連絡帳制度の再開」が重要項目として選ばれ、実践することになりました。

4. 今後の展望と課題

 災害産業保健センターは、今後も企業の災害対応能力を向上させるための活動を続けていく予定です。しかしながら、現在の取り組みにはいくつかの課題が残されています。

企業や自治体の災害対策意識の向上・事前協定の必要性

 多くの企業は、災害対策の重要性を認識しているものの、実際の準備が十分でないことが少なくありません。災害産業保健センターは、企業に対して災害対策の重要性を啓発し、より実践的な準備を促すための取り組みを強化する必要があります。企業に対して災害支援協定を締結することを始めました。
 興味のある方は災害産業保健センターHPのお問い合わせからご連絡ください。

制度化について

 現在、災害産業保健支援は国の制度として位置づけられていません。ほかの支援団体と同じように制度化された仕組みの中で運用されることが、より活動を展開するうえで重要になってきます。


参 考
[1]産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター(2024年 9月現在)
[2]産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター「令和6年能登半島地震 産業保健職向け情報提供」(2024年 9月現在)
[3]産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター「J-SPEEDのご案内」(2024年 9月現在)

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