―過労死等防止調査研究センター(RECORDs)の成果と職域での取り入れ方
No.2 働く人々の睡眠で大切なポイントー量・質・タイミング、そして就寝前のディタッチ
過労死等防止調査研究センター 上席研究員
「寝る間」を惜しんではいけない
「寝る間を惜しんで働く」。
この表現は、一生懸命、頑張って働いているというポジティブな姿勢として評価されるものでした。しかし、最近の睡眠科学の発展によって睡眠の重要性が次々と明らかになっています。
それに基づいて言えることは、健康で安全に働き続けるには、寝る間を惜しんで働いてはいけないということです。
今回は働く人々の睡眠にとって大切なポイントを以下に解説していきたいと思います。
ポイント①:睡眠の“量”
大切なポイントの1つ目は睡眠の“量”です。
年代別で推奨される睡眠量は変化していきますが、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」(厚生労働省)では、成人の場合、個人差はあるものの、6時間以上が推奨されています。
ただし、睡眠時間と死亡率を調べた研究ではU字型の関係がさまざまな研究で報告されており[1]、長過ぎる睡眠もあまりお勧めはできません。これまでの研究では6~7時間の睡眠をとっている者の死亡率が最も低く、短時間睡眠(例:4時間未満)と長時間睡眠(例:9時間超)の者の死亡率が高い傾向にあることがわかっています。
短時間睡眠の者が健康を害することは想像に難くないのですが、長時間睡眠の者でも死亡率が高いことは明確な説明は現時点ではついていません。もしかすると、長い睡眠を取っていたとしても、ベッドにいる時間がただ単に長いだけで、眠りは浅いのかもしれません。
とくに、高齢になればなるほど、自然と「眠る能力」は低下していきます。したがって、長時間睡眠者の高い死亡率の背景には、睡眠時間は長いけれども質の悪い睡眠があるのではないかと筆者は推測しています。
いずれにしても、働く人々では「6時間以上の睡眠」、かつ「あまり長過ぎない睡眠」が望ましいと考えられます。
ポイント②:睡眠の“質”
次に大切なポイントは睡眠の”質”です。
同じ睡眠時間でも「深い眠り」や「中途覚醒」が多いのか少ないのか、「ぐっすり眠れたか」どうかなどが、睡眠の「質」の問題です。
私たちの睡眠を脳波で測定すると、寝入ってすぐに深い睡眠(徐波睡眠あるいはN3と呼ばれる睡眠段階)が出現し、明け方になるにつれて、眠っているのに眼球が急速に動く「Rapid Eye Movement(REM)睡眠」が出現します。
疲労回復に重要な深い睡眠は、起きている時間が長ければ長いほど、その後の睡眠で多く出現します。「夢見睡眠」とも呼ばれるREM睡眠は、時刻に依存して出現するため、明け方から昼間にかけて睡眠をとった場合に多く出現する特徴を持っています。
最近の睡眠研究では、それぞれの睡眠段階にさまざまな機能があることがわかってきており、たとえば、REM睡眠が情動や健康維持に重要な役割を担っていることが示唆されています。
その一例として、「情動」に関する研究を紹介します。
REM睡眠を含んでいる仮眠と、含まない仮眠の後に、実験被験者にさまざまな人の顔写真を見せて「顔写真の人物の感情」を評価させた実験があります[2]。REM睡眠を含んだ仮眠をとった被験者は、仮眠取得前に比べて仮眠取得後には幸せな表情はより幸せに、恐怖の表情はあまり恐くないように感じており、一方、REM睡眠を含まない仮眠をとった者では、そのような変化は観察されませんでした。
このことから、REM睡眠は「情動」のコントロールに重要な役割を果たしていることが示唆されています。
また、最近の知見では、REM睡眠が少ない人(睡眠全体の15%未満)と多い人(15%以上)を約12年追跡した結果、少ない人の方で死亡率が高いことも示唆されており[3]、健康維持におけるREM睡眠の重要性が徐々に明らかになってきています。
ポイント③:睡眠の“タイミング”
3つ目に大切なポイントは“タイミング”です。
タイミングとは睡眠の「規則性」の問題です。ヒトの睡眠には適した(あるいは適さない)時間帯が存在しています。
たとえば、19時から21時の時間帯は「睡眠禁止帯(Forbidden zone)」[4]と呼ばれており、その時間帯は睡眠に深く関係している体温が高いので睡眠を取ろうと思っても生理的には眠りにくい時間帯であることがわかっています。
また、週末は平日よりも長く眠るような、いわゆる「寝溜め」も、睡眠の規則性を乱す「社会的時差ボケ(Social jet lag)」の要因としてとらえることができます。
2024年に発表された最新の論文では、睡眠の長さよりも規則性の方が死亡率に関係するという報告もあり、睡眠の規則性に注目が集まってきています[5]。この調査では、約6万人を対象に活動量計で測定した睡眠データから、睡眠の規則性を示す「Sleep Regularity Index(SRI)」という指標を算出して、約8年追跡した際のSRIと死亡率の関係を調べています。
図1に示す結果から、睡眠時間よりも睡眠の規則性の方が死亡率の予測因子としては有力であったことと、規則性が低い人(つまり、不規則な睡眠をとっている人)の死亡率が高いことが明らかにされています。
(画像をクリックすると、大きな画像が表示されます)
図1 睡眠の規則性(A)と睡眠時間(B)における累積生存率
(活動量計の計測開始時から研究終了時点まで)
※オリジナルの図の表現を日本語に翻訳して提示しています。
Daniel P Windred, Angus C Burns, Jacqueline M Lane, Richa Saxena, Martin K Rutter, Sean W Cain, Andrew J K Phillips, Sleep regularity is a stronger predictor of mortality risk than sleep duration: A prospective cohort study, Sleep, Volume 47, Issue 1, January 2024, zsad253, https://doi.org/10.1093/sleep/zsad253
この知見は図2に示した筆者が所属する「過労死等防止調査研究センター(RECORDs)」で運輸業の労災データを解析した際に、長時間運行(パターン5)での過労死の発症よりも、早朝(パターン6)や早朝不規則の運行(パターン7)での過労死発症が労災補償の支給案件、不支給案件ともに多いという報告と一致するので、改めて規則正しい睡眠は健康維持のために大切であることがわかります[6]。
就寝前の「ディタッチ」
これまで働く人々にとって生理的な側面で重要な睡眠の3つの要素について解説してきました。最後のポイントは、心理的な側面で働く人々の睡眠にとって重要な「サイコロジカル・ディタッチメント」です。
サイコロジカル・ディタッチメントとは、勤務時間外には心理的にも仕事から離れることを意味する概念です[7]。
近年の情報通信技術の発達に伴って「何時でも何処でも仕事につながる」ことが可能になってしまいました。そういった働き方をAlways-on workやBoundaryless workとも呼んだりもしますが、スマートフォンなどが登場する前は職場から物理的に離れれば、つまり退勤すれば仕事の拘束から解放されたのに対して、現代では情報通信技術によって仕事の連絡が容易になったため、退勤したとしても心理的に仕事の拘束から解放されるのが難しくなっています。
このような問題は全世界的に広がっています。
そこで、勤務時間外には仕事の連絡を規制する「つながらない権利」が海外では次々と法制化されている現状があります(つながらない権利については詳しく知りたい方はこちらの動画<第134回労働政策フォーラム:働く人々の疲労回復におけるオフの量と質の確保の重要性─勤務間インターバルと『つながらない権利』>をご覧ください)。
働く人々の睡眠は、生理的な側面だけでは考えきれない部分もあると筆者は思っています。たとえば、眠る前に仕事のことを考えて眠れなくなった経験はないでしょうか? そのような点で働く人々が良い眠りをするためにも。サイコロジカル・ディタッチメントは重要なファクターです。
図3は30年以上前のデータですが、横軸に月の残業時間、縦軸に帰宅と就寝の時刻をそれぞれ示したものです[8]。このデータの注目すべきポイントは、残業でどんなに遅く帰ったとしても「眠るまでに約1時間半の自由時間がある」ということです。
疲労回復やストレス解消に睡眠だけが大事なのであれば、帰宅後すぐに眠りに就くはずですが、現実問題としてそうはなっていません。月150時間以上の残業をしていたとしても、睡眠時間を犠牲にしてまでも約1時間半は自由に過ごしてから睡眠を取っています。
この時間こそ、サイコロジカル・ディタッチメントの時間として対象の労働者は過ごしていたのだと筆者は推測しています。
つまり、帰宅直後は仕事で興奮している状態なので、仕事のことを忘れるため、テレビを見たり、仕事とは関係のないことをして仕事の興奮をクーリングダウンしてからでないと眠れないのだと思います。
働く人々における良い眠りのポイント
以上を踏まえて、筆者が読者に伝えたい働く人々の睡眠で重要なポイントは以下の通りです。
- 規則正しく6時間以上の睡眠を継続して取るようにする
-
良い眠りのために「良い働き方」をする
睡眠を意識しすぎると逆に眠れなくなるので、睡眠は人生の脇役ぐらいが丁度良いと著者は思っています。睡眠環境を良くすることも大切かもしれませんが、仕事でストレスが多いと睡眠環境がどんなに良くても眠れませんよね? 働く人々の良い睡眠のカギは働き方の中にあるので、眠れない場合は働き方を改善しましょう。 -
「寝溜め」はできないと心得る
いくらいっぱい食べても時間が過ぎればお腹が減るように、寝溜めもできません。特に週末に極端に長く眠ることはやめましょう。適切な量とタイミングが重要です。 -
睡眠時間を長く確保するのが難しい場合は、せめて規則正しい睡眠をとる
仕事の関係で睡眠時間を増やせない場合は、できるだけ規則正しい睡眠を心がけましょう。交代勤務に従事する方の場合は難しいかもしれませんが、日中に働いている方については、ぜひ実践してみてください。 -
眠る前は仕事のことは一旦、忘れる
スマートフォンやタブレットはできるだけベッドから遠くに置いて寝ましょう。就寝前はディタッチすることがお勧めです。 -
交代勤務の方は、できるだけ疲労回復力の高い夜の睡眠を取るようにする
交代勤務を行っている人は、勤務の性質上、睡眠が不規則になってしまいます。身体の仕組み上、昼間の睡眠よりも夜の睡眠の方が良く眠れるので、疲労回復力が高い睡眠となります。夜の睡眠をできるだけとれるように、勤務スケジュールやプライベートの過ごし方を考えてみましょう。
参考文献
[1] Kripke DF, Garfinkel L, Wingard DL, Klauber MR, Marler MR. Mortality associated with sleep duration and insomnia. Arch Gen Psychiatry. 2002 Feb;59(2):131-6. doi: 10.1001/archpsyc.59.2.131. PMID: 11825133.
[2] Lavie P. Ultrashort sleep-waking schedule. III. 'Gates' and 'forbidden zones' for sleep. Electroenceph Clin Neurophysiol 1986; 63(5): 414-425.
[3] Gujar N, McDonald SA, Nishida M, Walker MP. A role for REM sleep in recalibrating the sensitivity of the human brain to specific emotions. Cereb Cortex. 2011 Jan;21(1):115-23. doi: 10.1093/cercor/bhq064. Epub 2010 Apr 26. PMID: 20421251; PMCID: PMC3000566.
[4] Leary EB, Watson KT, Ancoli-Israel S, Redline S, Yaffe K, Ravelo LA, Peppard PE, Zou J, Goodman SN, Mignot E, Stone KL. Association of Rapid Eye Movement Sleep With Mortality in Middle-aged and Older Adults. JAMA Neurol. 2020 Oct 1;77(10):1241-1251.
[5] Daniel P Windred, Angus C Burns, Jacqueline M Lane, Richa Saxena, Martin K Rutter, Sean W Cain, Andrew J K Phillips, Sleep regularity is a stronger predictor of mortality risk than sleep duration: A prospective cohort study, Sleep, Volume 47, Issue 1, January 2024, zsad253, https://doi.org/10.1093/sleep/zsad253
[6] 酒井一博、佐々木司.運輸業・郵便業における過労死(脳・心臓疾患)の予測及び防止を目的とした資料解析に関する研究. 平成29年度労災疾病臨床研究事業費補助金 「過労死等の実態解明と防止対策に関する総合的な労働安全衛生研究」分担研究報告書(事案解析), https://records.johas.go.jp/report/23
[7] Sonnentag S, Arbeus H, Mahn C, Fritz C. Exhaustion and lack of psychological detachment from work during off‐job time: moderator effects of time pressure and leisure experiences. J Occup Health Psychol. 2014;19(2):206‐216.
[8] 全国建設関連産業労働組合連合会:パパこっち向いて 守れていますかあなたの健康・あなたの家族,分析担当:斉藤良夫,株式会社K&S,東京:1984.
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