No.2 真実を息子へ伝えてほしいと医師に託した父親 ~解剖に立ち会った私は~

献体となった方の顔を注視してみると、数日前に食事盆を運んだとき「若いっていいねー」と話しかけられた人で、「何でこんなに早く逝ってしまったのだろう」と、私はハットしました。
主治医が硬い空気に閑かにメスを入れるように「皆さん話したいことがあります、聞いてください」と話始めた。それは医師が今は遺体となった患者さんとの出会いから今日までの事でした。
その患者さんは、当時、教員であり、数名の児童を復式学級で教えていた先生でした。体調が気になって受診したところ癌が見つかり、加えてすでにその癌は進行しており入院することになりました。癌の進行状況を聞くと、その患者さんは迷いの無い声で「先生、私のお願い聞いてください。どうか私を解剖し息子に見せてほしい」と託されたといいます。
話のあと、ふと気がつくと私の横に息子さんと思われる青年が立っていました。両手を硬く握り、拳は身体にしっかりとつけ微動だにせず目の前の父親を厳しい顔で見ていました。今でも、その複雑な気持ちが伝わってくるような空気と、その場の流れをはっきり思い出すことがあります。
解剖のさなか、医師が息子さんに臓器の中のひとつを見せながら「ここが癌の大元です。あなたのお父さんは初診のとき今後の経過を冷静に聞いていました。家族や職場に伝えないようにし、ギリギリまで仕事をされ色々と整理をしていたと思います。特に家族については、息子に自分の病気の説明をしっかり聞けるようにと願っていました。父親として、教師として、夫として真実を伝えらるようにと…」
私は医師の説明が遠くから聞こえて来るような中、数日前に「若いっていいねー」と笑顔で語りかけてくれた患者さんの言葉の中に、どんな意味や願いが含まれていたのか、今になってその中に込められた多くの思いの重さを痛感してやみません。
いのちの伝え方は色々ありますが、その患者さんは自分の死を息子に対し、真実を直視してほしいという気持ちと、前に進めという思いを解剖という形で医師に委託し残していったのではないかと感じます。あれから40年以上の月日が流れていますが、この時のことを私は忘れていません。
自分の思いを医療人へ委託することは難しいですが、人との信頼という絆の中で伝えることは可能ということを感じ、医療に対し本気に取り組むことの価値と意義を自覚しました。医師と患者の関係の中で学んだ出来事であり出会いでした。
あの時、隣にいた青年も私と同じ時間が流れどこかで元気に暮らしていることを祈っている現在の私です。
「限りない看護の世界観の追求のなかで」もくじ
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