【調査報告】国民健康保険の保健事業を見直すロジックモデルを構築
―特定健診・特定保健指導を起点にアウトカムを可視化
厚生労働省はこのほど、令和6年度の「国民健康保険における保健事業のあり方に関する調査研究等事業」の報告書を公表した。これまでの国保における保健事業の取組内容を分析し、ロジックモデルの構築や事例集の作成が行われた。
調査研究を進めると保健事業の取組分析の困難性やデータ上の課題があることがわかり、取組からアウトカムまでのつながりを整理し、活用データの明確化を図ってロジックモデルを構築。また全国の自治体を大・中・小規模に分け、地域性なども考慮して28自治体をピックアップし、ヒアリング調査を行い、保健事業の参考となる『事例集』も公表した。
保険者努力支援制度の評価指標を検証 限界と困難性が明らかに
国民健康保険(以下、国保)は、被保険者の病気やけがなどに対して必要な医療の給付を行うことを基本事業としている。一方、その事前の措置として被保険者の事故発生の未然防止や早期発見による疾病の重症化・長期化の防止など、保健衛生の向上に資する保健事業も大きな柱である。
今回の調査研究は、今後の国保の保健事業のあり方や、質の向上につながる方向性や具体的方策などを整理することを目的に行われた。
調査研究にあたり、有識者などからなる会議体を設置し、事業の内容や進め方などについて助言等の協力を得ながら進められた。
以前から国保の保険者努力支援制度(取組評価分)※に対しては、獲得点数と医療費の関係について「本制度で評価される取組を行うことが必ずしも医療費適正化につながっていない状況」だという指摘もあった。
このような指摘を受け、今回の調査では、47都道府県・1,741市町村の保険者努力支援制度における約130項目の評価指標データを活用し、健康寿命の延伸や医療費との関連性を検証した。
その結果、調査・分析するには利用可能なデータに限りがあり、データの単位(市町村別、二次医療圏別など)がそろっておらず、下記のような分析の困難性やデータ上の課題があることがわかった。
- 「取組評価」の内容・質から、そのまま分析データとして活用することは適さないデータが含まれる。例えば、「受診率60%目標を達成しているか否か」や「取組を実施しているか否か」ではなく、特定健康診査(以下「特定健診」という)の 実施率等の具体的実績等、「取組評価」の裏付けとなるデータを活用した分析が望ましい。
- 評価指標は、毎年見直しが行われるため項目により分析対象年数(時期)が異なる。
- 分析可能な期間が限定的である(制度開始から年数が短いためデータの蓄積年数が短い)。
※保険者努力支援制度とは
市町村などの保険者が国民健康保険において保健事業や医療費適正化に向けた取組を行った場合に、その内容を評価し、支援交付金の額に反映させる仕組み。特定健診や保健指導の実施状況などをもとに「取組評価」や「成果評価」が行われる。
特定健診・特定保健指導を起点にロジックモデルを構築
―アウトカムにつながる中間成果も整理
データ分析を行ったワーキンググループからは、特定健診などの保健事業について公費を投じる以上、アウトカムを求めることは当然と考えられる。だが現状は、情報の登録状況や保険者異動により、脱落を含むデータであることや介入情報が含まれていないことなど、科学的にアウトカムを評価できる構造となっていなかったという意見も出された。
そのため、今後の見直しの参考として5つの「取組評価の評価指標に求められる要素」を提示している。
取組評価の評価指標に求められる要素
- 実現性:目的に向かっていることがわかること
- 公平性:自治体の特性を踏まえた取組の実施や評価が可能であること
- 測定容易性:評価に係るデータ収集の労力がかからない/少ないこと
- 妥当性:取組評価の目的に資する指標であること/国保の特性を踏まえた指標であること
- 継続性:継続的にデータを収集・評価することが可能であること/継続して評価すべき指標であること
また、特定健診については保健事業の入り口であり、そのあとの介入(保健指導や治療の状況)などの影響を考慮すべきで、特定健診の受診率のみで最終的なアウトカムを求めるというのは無理があるなど、複数の課題を抱えていることもわかった。
さらに「取組からアウトカムまでのつながり」を具体的に検討すると、評価指標の取組がアウトカムには直接つながらない、もしくはアウトカムまでの道筋が長く、その間にさまざまな保健事業や健康行動が健康状態などに変化をもたらしていることもある。
それを踏まえ、ワーキンググループは取組とアウトカムの間に、中間アウトカムを置いたロジックモデルを構築した。そのロジックモデルは、個々の保健事業の基礎となる特定健診や特定保健指導を軸(起点)とし、アウトカムの前にある中間アウトカム同士の関係性を整理し、実際の分析でステップを踏めるように設計したという。
報告書では、このロジックモデルは「本事業の成果」と評価。これにより個々の保健事業からアウトカムまでの一連のつながりが可視化できるようになった。
出典:厚生労働省「国民健康保険における保健事業のあり方に関する調査研究等事業」P.6, 2025年 3月
『事例集』から見えた4つの共通点
―ヒアリング調査で明らかになった成功の要素
今回の調査研究では「特定健診の実施率向上を促す取組」「医薬品の適正使用に向けた取組」の2項目について、市町村を対象にヒアリング調査を行い、その内容を具体的に掲載した『事例集』も公表している。
ヒアリング内容は、自治体の担当者が抱えている課題は何か、その課題解決のためにどのような取組を実施しているのか、感じられた効果はどのような取組か―などだ。対象は、事前アンケートや地域性、大・中・小規模別にそれぞれ14自治体の計28市区町。
その結果、自治体規模にかかわらず、多くの自治体が力を入れていた共通の取組ポイントとして以下の4つが抽出された。
出典:厚生労働省「国民健康保険における保健事業に関する取組事例集『特定健診の実施率向上』と『医薬品の適正使用』に向けた取組」P.13, 2025年 3月
報告書では「当初は成果につながるアクティビティを抽出することを計画していたが、ヒアリングで得られた情報から抽出した取組と国保保健事業の実績との結びつきが弱いことから、共通の取組ポイントとして整理した」と解説している。
今年2月にはこのヒアリング調査をもとに6自治体からの「事例報告会」も開催した。報告会後のアンケートでは、これまで具体的な事例を聞くことがなく、「今回はこれまで得られなかった新たな情報が多く、非常に参考になった」などの意見も寄せられたという。
* * *
人口減少が進むなか、保健師などの担い手も少なくなり、対象者も少なくなってくる。近い将来、保健事業は庁内横断的に行うことや、国保保健事業だけでなく、住民全体を対象とした取組を行うことが求められてくるだろう。
本報告書や『事例集』は、これからの保健事業を進める上で具体的にどう取り組んでいくか参考になるものとなっている。
参考資料
国民健康保険における保健事業のあり方に関する調査研究等事業(令和6年度事業)|厚生労働省
国民健康保険における保健事業のあり方に関する調査研究等事業|厚生労働省
国民健康保険における保健事業に関する取組事例集―『特定健診の実施率向上』と『医薬品の適正使用』に向けた取組|厚生労働省


「調査・統計」に関するニュース
- 2025年06月10日
- 【アプリ活用で運動不足を解消】1日の歩数を増やすのに効果的 大阪府健康アプリの効果を8万人超で検証
- 2025年06月09日
- 【睡眠改善の最新情報】大人も子供も睡眠不足 スマホと専用アプリで睡眠を改善 良い睡眠をとるためのポイントは?
- 2025年06月09日
- 健康状態が良好で職場で働きがいがあると仕事のパフォーマンスが向上 労働者の健康を良好に維持する取り組みが必要
- 2025年06月02日
- 【熱中症予防の最新情報】職場の熱中症対策に取り組む企業が増加 全国の熱中症搬送者数を予測するサイトを公開
- 2025年06月02日
- 【勤労者の長期病休を調査】長期病休の年齢にともなう変化は男女で異なる 産業保健では性差や年齢差を考慮した支援が必要
- 2025年06月02日
- 女性の月経不順リスクに職場の心身ストレスが影響 ストレスチェック活用により女性の健康を支援
- 2025年06月02日
- 自然とのふれあいがメンタルヘルスを改善 森が人間の健康とウェルビーイングを高める
- 2025年05月30日
- 都民の健康意識は高まるも特定健診の受診率は66% 「都民の健康と医療に関する実態と意識」調査
- 2025年05月27日
- スマホアプリを活用し社会人のメンタルヘルスを改善 スマホで学ぶ認知行動スキルがうつ状態を改善 睡眠改善を支援するアプリも
- 2025年05月27日
- 女性の月経にともなう困難症状は運動習慣によって異なる 生活習慣に応じた対策・支援が必要