No.1 カリエス患者の女性の生き方(絶望の淵からの起立)
桐生大学医療保健学部看護学科 教授 保健師
小此木 久美子
昭年40年代、私は、当時山間部の総合病院の片隅にあった結核病棟にいました。結核患者の治療は大気・栄養・安静という基本の中、病棟には腰椎カリエスを患っているとある女性がいました。
その女性は、絶対安静で既に数年ベットに寝てる状態でした。数ヶ月みていましたが、面会に来た人を見かけたこともなく、いつもやるせない気持ちを感じながらも、私はかける言葉が見つかりませんでした。
シミだらけの天井を眺めて時間は過ぎ、日々、病状との戦いであり痛みと膿と暮らす身体は固定のためギブスベットに入ったままの状態でした。そのうえ、カルテには歩行は難しいとありました。
しかし、布団から出ているその顔は、とても動けない人とは思えないほど健康そうに見え、顔面にはいつも笑顔があり、何年も寝たきりということを感じさせない風貌とまなざしが優しいものでした。
木枯らしがすきま風となるころ、いつものように溲瓶(しびん)をベッドサイドに置きに行ったとき「あんたが持ってきてくれる溲瓶は本当に丁寧に洗ってある。いい人だねあんたは・・・気持ちがわかるよ」と話しかけられました。
私の溲瓶洗いを褒めてくれたのです。この時嬉しく感じました。なぜなら、当時の私は自分探しの真っ最中であり、看護の途も定まっていない看護見習中です。心の底では大学受験を再度試みたいと思いながらも、自分の置かされている環境からは無理だと思いつつも・・・能力は・・・、などと気持ちばかり焦っていた時期でした。
そんな中で自分磨きとゴミ箱磨きを課していました。だから当然、溲瓶の掃除も丁寧にしていました。そのことにこの患者さんは気づき声を掛けてくれました。「あなたは他の看護婦さんとちがうね。患者の気持ちをよく知ってるいい人だよ」と再度言われ、恥ずかしい思いと、当たり前なのにといった思いを感じました。
その後、私は看護学生として新たに出発しました。後に、風の便りでこの人が「起立出来た」という朗報を耳にし、「よく頑張って病気を克服した」と1人涙しながら手を合わせました。忘れられぬ患者さんの起立歩行をイメージし、嬉し涙がこぼれました。
結核となり1人闘病生活を十数年。動けないベッドの上で編み物をしている折に見せる、あのときの笑顔の中にどんな思いを秘めていたのだろうかと、信仰の光を瞬時私は感じた出会いの人でした。