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「生と死を考える」
 保健指導実践者に向けてデーケン先生からのメッセージ


(2013/12/09)
No.3 東日本大震災を受けた地域で対応にあたる保健師へのメッセージ

 東日本大震災を受けた地域で対応にあたる保健師へのメッセージとして、私が小学生だった第二次世界大戦の最中に受けた多くの喪失と、死別といった極端な体験にもかかわらず役立った3つのポイントをメッセージとしてお伝えします。

 一つ目は、苦しい体験を、ただ苦しいと感じるだけでなく、自分の想像力を開発するきっかけとして考えてほしいことです。これは、歴史上でみても、文学や芸術、音楽が新たに生まれたきかっけに「死」が関わるものが多くあります。

 例えば、西欧の偉大な思想家であるアウグスティヌスは、19歳の時、親友の突然死により深刻なショックを受ける体験をしました。しかし彼はその体験からインスピレーションを得て、生と死について深く考えるようになり、偉大な思想家になったのではないかとされています。

 二つ目は、未来に向かって大きな希望や期待、あるいはユーモアを見つけるような取り組みをしてほしいことです。苦しい体験をした人の多くは、今までの人生や生き方に対し、疑問を感じるようになります。特に、あきらめの感情(全部ダメ、無意味)を持つ人がいます。こういった人に対しては、目線を未来に向けてもらうように接することが大切です。

 三つ目は、苦しい体験を通して、自分たちの中にあるスピリチュアリティーを開発するきっかけにしてほしいことです。もともとは世界保健機関(WHO)でも定義されているように、人間の健康にはスピリチュアルな健康も大切であるとされています。また、末期患者にスピリチュアルなペインがあることも強調されています。

 緩和医療とターミナルケアの大切な課題は、末期患者のスピリチュアルな痛みを緩和することです。末期患者のスピリチュアルニーズに応じる努力はホスピス的なケアの重大なテーマです。ホスピスと病院スタッフによる大きな挑戦は、自分のスピリチュアリティーを開発しながら末期患者のスピリチュアルニーズを理解し、それに応じるスピリチュアルケアを提供することにあると思います。

 スピリチュアリティーとは、人間の生きる意味や目的を探求する能力のことです。具体的には、価値の確認、価値観の見直しと再評価、ライフレビューセラピーによって自分の生涯を客観視する、自らを許す、他人との和解、自らの存在を超えた大きなものとの関わり、などを求める能力です。人生の終わりまで人間として成長し、創造的に生きる能力のことも含まれます。日本には、スピリチュアリティーを宗教と同じ意味で使うことがありますが、これは区別して考えた方がいいものです。

 人間である限り誰でもスピリチュアリティーの側面を持っています。誰でも自分は何のために生きるか、生きがい・人生の意味を知りたいと考えます。このスピリチュアリティーの能力を、開発する人もいれば、しない人もいます。これはユーモア感覚や愛する能力に似ています。誰もがユーモア感覚を持っていますが、生真面目に過ごす人も少なくありません。また、愛の能力を発揮しないで、高齢になるとますます我がままになる人もいます。スピリチュアリティーをはじめ、人間だれもが持つ能力を開発することは大切です。

 スピリチュアリティーは、人生の最後の段階で大きなエネルギーにもなります。死に直面している人にとって、生きる意味や目的を自己の内面の中で探究するなど、精神的なエネルギーにつながります。自分のスピリチュアリティーを開発する人は、様々な場面を経て人間として成長することができます。震災を受けた地域で対応にあたる保健師自身が、苦しい体験より自分の中にあるスピリチュアリティーを開発し、対応する人たちに接することで、周りの人たちが自らのスピリチュアリティーの発見することへつながると考えます。

【インタビューを終えて(1)】

 今年7月にアルフォンスデーケン先生による「最後の時をどう生きるか―よき死と出会う―」という講演会に参加したことが、オピニオンに先生のメッセージを掲載するきっかけになりました。

 40年前看護学生の時、私は特別講座としてデーケン先生の「死生学」の授業をうけました。「死」という言葉がタブーとされていた時代に『「死への準備教育」はそのままよりよく生きるための「生への準備教育」にほかなりません』というお話は、その後の公衆衛生活動を行ううえで大切な考え方になっています。

 最近の保健指導の現場では、急速な高齢化、自殺者の増加、そして東日本大震災等への対応が求められ、「死」が直接の課題になっています。公衆衛生活動に「死生学」が必要と考えていた私は講演終了後デーケン先生のお話しを保健指導の実践者にお伝えしたいとお願いしていました。先生は死の準備教育は予防医学ということや、震災の被災者であり、地域の保健指導の実践者である保健師への支援も大切とおっしゃってくださり、快諾いただきました。

 デーケン先生、ユーモアにあふれた素敵な時間をありがとうございました。またアシスタントの木村敦子様、インタビューに慣れていない私どものテーマの絞り込みや場の設定までお世話になり、本当にありがとうございました。

インタビュアー 菅澤

【インタビューを終えて(2)】

 今回のインタビューを通じ「死生学」というものに初めて触れました。「死の教育」「悲嘆のプロセス」など、今回出てきた概念や考え方は、今後の人生の中で必ず遭遇し、役に立つ時が来ることと感じました。特に、母親の役割が大きい「子どもへの死の教育」については、これからの子育ての中できちんと実践できる環境を整えようと思います。

編集担当 若山

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