オピニオン/保健指導あれこれ
保健師の活動と放射線について

No.12 保健師と看護学生に放射線を教える・学ぶ

保健師の活動と放射線 研究班
小西恵美子
長野県看護大学名誉教授、
鹿児島大学医学部客員研究員
経歴:
長野県松本市出身。
東京大学医学部衛生看護学科卒、医学博士、看護師、保健師、第一種放射線取扱主任者。
東京大学原子力研究総合センターで放射線健康管理の実践・研究。ここで看護師の放射線教育に関わった後、東大病院内科看護師、長野県看護大学、大分県立看護科学大学、佐久大学の教授を歴任。
専門は看護倫理と放射線看護。
 このたびの福島第一原子力発電所の事故で、保健師の重要性が、行政、国民、そして保健師自身に認識されました。私はこの事故以来多くの保健師にであい、その実践力に感銘を受けていますが、どの方も、学校でも現任でも放射線の教育はなかった、それが地域と住民を守る専門職としての苦悩をいっそう大きくしたと語っていました1)。公衆衛生看護の学生・実践者が放射線について学ぶことは、専門職としての権利であると思います。

 健康危機管理と保健師
 放射線の安全管理の基本は放射線発生源の管理にあります。放射線施設は全国津々浦々にありますが、通常は施設の中で安全管理が完結するように、法令に基づく管理が行われています。しかし、発生源管理に失敗すると、事故。事故が施設内ではおさまらず外の環境や住民を巻き込むと、災害。災害時には、保健師は健康危機管理の重要な担い手として行動することが求められおり、それには、放射線と被ばくに関する極く基本的な知識が必要です。保健師の大きな強みは日常の実践で培ってきた対話力を持っていることで、放射線と被ばくに関する極く基本的な知識はその裏付けとして不可欠です。

 看護アドボカシーと保健師
 住民は放射線についての噂や誤解に影響されているのがほぼ常です。原発事故のあと、鼻血や下痢、ケイレンといった情報が飛び交い、マスコミもそれに加担しました。放射線が原因だというのです。これは全くの誤りで、住民が浴びたり取り込んだりした程度の線量では、そのような健康障害は絶対に起こりません。保健師にとってそういった誤解が無視できないのは、人々がそれらの症状をすべて放射線のせいだと思うことで、もっと重要な健康問題を見逃したり、新たな問題を引き起こす可能性があるからです。

 最近のテレビでは、福島から他県に移住している母親が、子どもがケイレンを起こして鼻血が止まらなくなり、母性本能から放射線を避けなくてはと考え、子どもと引っ越したと涙で語っていました。ご主人は福島に残った由で、別居が続くうちに連絡が途絶え、結局離婚になったとのことでした。

 私は、もしその母親が移住を決める前に保健師に会っていたなら、と思わずにはいられませんでした。保健師が母親に真摯に向き合い、「お母さん、今回の事故による線量で住民にそういう症状が出ることはありません。もしかして、お母さんの不安や心配がお子さんに伝わってそういう症状に関係しているのかも知れませんね、一緒に考えてみましょう」と、しっかりと対話をしていたならば、事態はどうだったであろうかと。

 住民の自主避難は当人の自己決定で他人が関与することではないという人もいるでしょう。しかし、この重要な自己決定に誤った認識が介在しているならば、正しい情報を伝えるのが健康専門職の役目です。これは決定の誘導ではありません。正しい情報を伝え、その上で、ご当人の選択に委ねるのです。

 看護の重要な役割であるアドボカシーは、ケア対象者が健康や生活に関わる適切な自己決定ができるように、正しい情報を伝え、支え、守る働きを看護職者に求めます。その役割を果たすには、目の前の対象者が持つ誤った認識に気付くことのできる知識と、誤りを正す勇気、そしてスキルが必要です。

 このシリーズのテーマは、保健師は放射線防護文化の担い手であるということでした。看護アドボカシーはそのベースではないでしょうか。

 実践者・学生に放射線を教える・学ぶ
 本シリーズでは、私たちが福島で行ってきた多職種協働実践を記してきました。現地の保健師が実施している母子教室や高齢者クラブなどの保健事業に放射線ミニ講座を組み込んでもらい、住民と沢山の対話をし、放射線とその健康影響について正しい情報を伝え、誤解を正しました。

 幼い子を抱いた母親が私たちを囲み、「そうなんだ、じゃあ元の生活をしていいんだ」「安心した」「夫や近所の人に話す」と言われた時の晴れ晴れした表情が忘れられません。この車座の健 康対話は、保健師だからこそできるリスクコミュニケーションであるとともに、保健師自身にも、放射線に関わる住民の情報ニーズを知り、それについて学ぶ場となりました。

 私たちはまた、シリーズ1回目を担当した麻原教授の発案で、保健師コースの学生に2014年から放射線の授業をやっています。初年度は1コマ90分。2年目からは2コマ180分。これで十分に、極く基本的な知識が伝わったと思います。

 内容は放射線の健康影響の基礎知識と福島の原発事故。原発事故については、国や県のホームページに公表されている実際の放射線測定データを使います。測定データは生きた教材で、そこから学生は、放射線災害の知識に加えて、ベクレルやシーベルトなどの単位や、自然放射線の知識なども学べます。

 以下は、初回の90分の授業のあと、学生たちが寄せてくれた感想の一部です2)

  • 知識源はマスコミだけだった。私たちはただ恐がっていた
  • 自然放射線があることすら知らなかった
  • ゼロリスクなんてありえない。福島の農家・漁師のご苦労を考えたい
  • 実習で福島に行くので地元の放射線データを使って住民ときちんと話をする
  • 放射線について、人々に正しい知識を伝えるのは保健師の役目だ
 短時間の授業でも、学生は放射線の知識は保健師に不可欠と認識して社会に巣立ちます。しかし逆に、授業になければ、マスコミから得た情報だけで判断してしまう保健師になると痛感しています。

 放射線と被ばくに関する極く基本的な知識
 多くの人々は、被ばく線量を無視して放射線影響を怖がっています。しかし、放射線影響に関しては、人を対象とした客観的なデータにより、線量と健康影響との関係が明らかにされています。これは他の環境要因にはない放射線の特徴です。次のことをしっかりと抑えておきましょう。

1)がん以外の放射線影響にはしきい値がある

 しきい値とは、放射線影響が現れる最低の線量のことです。それより線量が低ければ、影響の発生はゼロです。がん以外の身体的影響の発生にはすべてしきい値があります。

 しきい値はどこに被ばくしたかによって異なり、最も低い値は100ミリシーベルトです(表1)。したがって、100ミリシーベルト以下では、上述の子どもの鼻血等も含め、身体的影響の心配は全くないのです。

表1.被ばく部位と影響およびそのしきい値

(国際放射線防護委員会2007年勧告から抜粋・一部改変)

2)がん発生にはしきい値がないと仮定する

 がんについては、原爆被ばく者等多数の人々の疫学調査から、100ミリシーベルト以下では統計的に有意ながん発生は認められないことが分かっています。そこで、100ミリシーベルトをがん発生のしきい値と見てよいのかもしれません。しかし、放射線防護の目的では、がん発生にはしきい値はないと仮定することにしています。

 しきい値がないと仮定することで、「放射線はどんなに微量でも危険である」という表現で説明する人がいます。しかし、この表現は誤解の原因となり、また、人々に過大な不安を抱かせることがあるので注意する必要があります。

 放射線防護で用いられている基準値は、がんについてはしきい値がないという仮定に立ち、基準値を守れば放射線安全を保つことができるということで決められているものです。

 住民への相談・説明では、これらの基本を押さえた上で、人間が自然放射線から浴びている線量(1年間に平均2ミリシーベルト)、および、今回の原発事故による周辺住民の被ばく線量のデータ(自治体ホームページに公開)を用いるとよいと思います。

 終わりに:保健師によるリスクコミュニケーション
 福島の事故では、いわゆる「専門家」によるトップダウン的なリスクコミュニケーションは失敗し、専門家と非専門家とのギャップを埋めることができなかったと言われています。理想的なリスクコミュニケーションは、住民との信頼関係と対話をベースとした保健師の日常実践の中にあると私は考えております。

 保健師は放射線の専門家ではないし、住民の相談にひとりでは答えられないことも当然あるでしょう。その時、専門家に答えてもらうという仲介型の対応(当シリーズ第6回参照)は最小限にし、わからないことを専門家にきいたならば、それを住民の立場になって咀嚼して、保健師の言葉で住民に伝えることが大事だと思います。保健師はいつも住民目線に立っているので、その説明が住民には一番わかりやすいからです。福島での協働実践をとおして、私たちはそう確信しています。

文献
1)Kawasaki C. et al. (2015) Public health nurses' experiences in caring for the Fukushima community in the wake of the 2011 Fukushima nuclear accident. Public Health Nursing, DOI: 10.1111/phn.12227.
2)E. Konishi et al. (2016) Post-Fukushima radiation education for public health nursing students: A case study

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