オピニオン/保健指導あれこれ
保健師スピリッツと実践活動

No.1 保健師の実践力と放射線―看護職のバランス感覚を見た

長野県看護大学名誉教授、 鹿児島大学医学部客員研究員
小西 恵美子
 看護職の放射線についての知識レベルは一般の人々とあまり変わらない、それでは困る、という批判があります。

 たしかにそうと言わざるを得ませんが、しかし、この問題の根源は4半世紀以上も放射線を教えてこなかった看護教育にあるのであって、個々の保健師や看護師(看護職と総称)は、「知ろうとする」ことや放射線に向き合う姿勢が、一般の人々とは質的に違うと私は考えています。

 シリーズ初回にあたり、その「一般の方と看護職のちがい」について裏付けるエピソードを、私の経験から書くこととします。


 その1. 患者を守るために知識とエビデンスを求める

 10年余り前のことです。ある病院の外科師長からメールをもらいました。「放射線療法を受けた患者の骨髄抑制についてです」とあり、次のように書かれていました(以下、当看護師の了承により抜粋・加工)。

患者は食道がんで、

■鎖骨下のリンパ腺転移に約40グレイの照射を受けた

■化学療法は施行していない



今回の放射線照射による骨髄抑制の可能性について、

■技師は、胸骨に照射野が波及することはなく骨髄抑制が出現することはないと言っている

■看護チームも、過去の勉強会等から、骨髄抑制は胸骨・腸骨等を含む広範囲の照射の場合に生じると認識している

■しかし、医師は、食道がんに対する放射線療法はどんなケースでも骨髄抑制が起こると言っている


 とあり、「看護チームの理解は放射線治療に関するいくつかの文献からも正しいと認識していたので迷っています。正しい知識をもとに看護を提供していきたいと考えております。

 患者は治療終了後は1日も早く退院したいと望んでいるため、医師の、白血球低下が心配だから退院させられないという意見と真っ向対立している次第です。参考になる意見をいただけないでしょうか」と。

 私は、看護師の認識が正しいこと、およびその根拠を具体的に書き、「これは倫理問題ですね」と添えて返信しました。当看護師とはその後数回メールを交わしましたが、私が書くまでもなく、彼女は倫理の視点で状況を捉えていました。患者を守るため、正しい知識とエビデンスを求め、行動していたのです。

「医師は師長に理不尽なレクチャー」
「悔しさとやり切れなさ」
「それでも私は自分の正義を振りかざしてはいないか」

 看護職スピリッツあふれる彼女のメールは、今なお私の「宝のファイル」に保存されています。

 その2. データを一般化して理解することができる

 福島の原子力事故が起こった年の夏、中部地方の保健師と一般の方々が同席した講演会で、事故後の状況を話したことがありました。

 空気中放射性物質の量の推移状況を、測定データのスライドで示しながら説明したとき、会場の一般の方から、「うちの畑は大丈夫ですか?」という質問が出ました。いかにも、食品であれ給食の食材であれ、東北から来るものは全数調査でないと、といった感覚の市民らしい質問でした。

 そこでもう一度、そのスライドを使って、「お宅の畑は…」と説明し、ようやくわかってもらったのですが、講演のあと、同じ会場で聴いていた多数の保健師が、「先生が見せてくれたあのスライドで大丈夫だとわかるのに」と言ってきました。

 一般の人とは異なる専門職の感覚がそこにありました。看護職はデータを一般化して理解することができるのです。

 その3:  データから割り切って考えることができる

 このことは、ある看護教員の次の述懐がよくあらわしています。

  隣地実習での一場面。学生らと病室の環境整備を行っていたところに移動型X線装置が入ってきた。咄嗟に、学生の安全のため「退室しなさい!」と伝えた。
 しかし学生は落ち着いて、「大丈夫です、線源から2m以上離れています。授業で習いました」と自信をもって言った。私は、学部には放射線防護の科目があることを思い出して赤面した。

 一般の人々からは、測定器が検出限界以下を示しても、「ゼロではないんでしょ、だからやっぱり危ない」といった反応に出会います。しかし、看護職(ここでは看護学生)はゼロリスクという考えはもっていません。人間生活にリスクはつきもの、という考えが、常にリスクに対峙して実践している看護の文化の中にあるのです。

 このように、看護職が放射線のリスクに対して一般人と異なる反応を示すのは、他者の健康を守る専門職意識と、職責上育んできたバランス感覚のためではないでしょうか。

 さて、次の例はどうでしよう。

 その4: データをもとに反応する

 福島の事故から1年半後、ある看護の学会の会場ベンチで2人の看護職が話していました。

「新聞の値が毎日変わるのよねー。ということはまだ漂ってるってことでしょ。やっぱり怖いわー」

 話の文脈から、その「値」とは新聞に毎日出るようになった全国各地の空間線量率のデータで、「漂ってる」と言っているのは空気中の放射性物質のことだとわかります。

 私は、福島やその周辺地域の公式データから、空気中に放射性物質が「漂って」いたのは事故直後の数週間で、その後は空気中から放射性物質は検出されていないと知っていたので、「あー、これも知識不足の弊害だ」と思いました。でもすぐに、「看護職のこういう反応は一般の人々とは違う」と気がつきました。

 一般の人は、漫然と、または漠然と、危ないと思っている向きがあるのに対し、この看護職はちゃんと新聞の値をみて、データをもとに怖がっていたのです。問題は、そのデータの解釈が間違っているのです。

 では、この看護職は何を知る必要があったでしょうか。次回はそれについて書こうと思います。

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