オピニオン/保健指導あれこれ
健診結果にご用心!保健指導で気をつけたい「アルコール性肝障害」
「奈良宣言2023」と保健指導現場で注意したいこと

No.1 アルコール性肝障害に減酒治療というアプローチ

奈良県立医科大学 消化器・代謝内科 教授
吉治 仁志

 提供  大塚製薬株式会社

『アルコール性肝障害診療ガイド2022』刊行の背景とは

飲酒による健康への影響について教えてください。

吉治過度な飲酒による健康障害はこれまで、アルコール依存症を中心に注目されてきました。依然として依存症は大きな社会的問題ですが、日本人のアルコール関連死因を見ると87%が消化器や肝臓の疾患で死亡しています。依存症に至らなくてもアルコールによる健康障害のリスクは高いのです。

 国は2013年に「アルコール健康障害対策基本法」を制定し、2021年から2025年までの「アルコール健康障害対策推進基本計画(第2期)」[1]では臓器障害について明記しました。
 実際、アルコールは様々な臓器に影響を与えます。口腔・咽頭がん、食道がん、膵臓がん、大腸がん、女性であれば乳がん、男性であれば前立腺がんといった、がんのリスク因子であることはよく知られているところです。
 また発症頻度の高い重要な臓器障害としては、アルコール性肝障害があります。アルコール性肝障害とは、長期(通常は5年以上)にわたる過剰の飲酒が原因と考えられる脂肪肝や肝炎、肝硬変、肝がんなどを言います。

 ちなみに海外では「アルコール性関連肝疾患(Alcohol-related liver disease)」と呼ばれるようになってきています。日本でもそのように変わっていくかもしれませんが、今のところ保険病名としては「アルコール性肝障害」という名称を使っています。


吉治仁志氏

肝臓の病気と聞くと、B型肝炎やC型肝炎をイメージされる方が多いかもしれません。

吉治以前はほとんどがウイルス性のものでした。しかしB型肝炎に関しては予防接種がしっかり行われていますし、C型肝炎は抗ウイルス薬の普及で、ほとんどの患者さんはウイルスを排除できるようになりました。

 一方、肝臓学会が5年ごとに実施している全国調査で、肝硬変の原因でこれまでの最多はC型肝炎でしたが、今年6月の第59回 日本肝臓学会総会では初めてC型肝炎を抜いてアルコールが最多になったと発表されました。今後はアルコール性肝障害や、食生活や運動など生活習慣の乱れを要因とする脂肪肝など、非ウイルス性の肝疾患を中心に対策を考えていく必要があるでしょう。

日本人は飲酒で臓器障害を起こしやすいそうですね。

吉治アルコールはアルコール脱水素酵素(ADH)によってアセトアルデヒドに変化し、そこからアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)によって酢酸となり、最終的には水と二酸化炭素になります。

 黒人や白人は、アルコールを代謝する2型アセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)がほぼ全員、活性型であるのに対し、日本人などモンゴロイド系で活性型の人は56%にとどまります。それ以外の40%は酵素を持っていても働きが弱い「低活性型」、4%は全く飲めない「不活性型」です。[2]
 欧米の方達がビールやワインを大量に飲んでも平気な顔をしているのは、そのような遺伝的な違いがあるのです。

 日本人に多い、お酒を飲むと顔が赤くなる「低活性型」の人は、飲酒を継続していると臓器障害を起こしやすい、ということが分かっていますので、より注意が必要です。

コロナ禍による外出自粛や在宅勤務の増加など、いわゆる「ステイホーム」の影響で、飲酒量が増えたという報告もありました。

吉治コロナ禍以降、肝障害や肝硬変、膵炎が非常に増加しました。そのような背景もあって2022年10月、日本肝臓学会は『アルコール性肝障害診療ガイド2022』を刊行しました。2011年に日本アルコール医学生物学研究会が『アルコール性肝障害診断基準』[3]を出していましたが、今回はアルコール性肝障害を取り上げた、初の診療ガイドブックになります。

アルコール性肝障害の治療に有効な「減酒」というアプローチ

アルコール性肝障害による影響は、ほかにもありますか?

吉治アルコール性肝障害の患者は、サルコペニア(筋力の低下)の頻度が高いと言われています。高齢者の問題と思われがちですが、若い人でもアルコールによって筋力が低下します。
 また、肝臓病が原因で、意識レベルが悪化する重度の肝性脳症に陥るケースもあります。中には検査で露見しない肝性脳症の人もいて、この場合は気付かぬうちに、交通事故など危険な状況に陥る確率が高まるため注意が必要です。
 サルコペニアになると生命予後が非常に短くなる、ということが知られています。肝性脳症も、予後の悪化にダイレクトにつながるので、アルコール性肝障害はさまざまな要因を介して、生命予後そのものを脅かすリスクになる、と言えます。

アルコール性肝障害にならないようにするには、どうしたら良いでしょうか?

吉治もちろん断酒をして、きちんとお酒をやめられるのが、健康にとって一番良いのは間違いありません。やめられる方は絶対そうした方が良いのです。

 日本消化器学会の『肝硬変診療ガイドライン』[4]では、「長期間の禁酒はアルコール性肝硬変の予後を改善する」と明記されていますが、予後改善に必要な時間は最低1.5年です。これだけの期間、断酒を続けられる人は多くありません。
 一方、厚生労働省の調査で飲酒量と健康リスクのパターンをグラフ化したものがあります(図1)。これを見ると肝硬変の場合、飲酒量が低いうちはリスクの上昇がほとんどないものの、一定値を超えると急激にリスクが高まることを示しています。言い換えれば、飲酒量を一定量以下にすれば、大きくリスクを減少できる、ということです。

図1 
図1 飲酒量と健康リスクのパターン[5]

 そのため断酒ができないなら減らす、という観点から、近年提唱されるようになったのが「減酒によるハームリダクション」です。
 ハームリダクションとは「量を減らすことで有害事象を減らす」という概念で、もともとは薬物依存に対して用いられていた概念ですが、アルコール性肝障害に対しても有効だと注目され、日常診療の場で使われるようになってきました。私自身も非常に良いアプローチだと思っています。

減酒治療について教えてください。

吉治減酒治療においては、もちろん心理社会的療法のアプローチも大事なのですが、減酒のための治療薬「飲酒量低減薬」を使うのも有効です。
 飲酒量低減薬は世界30カ国以上で減酒治療に用いられ、日本でも2019年から保険適応となっている薬ですが、発売当初は処方できるのは専門のトレーニングを受けた医師に限られていました。

 ただ、アルコール依存症の方であれば精神科を受診するのですが、肝臓病やアルコール性肝障害の患者さんにとって精神科はハードルが高く、代わりに、身近な内科病院や、総合診療医のいるプライマリ・ケアの医院などを受診しています。
 そこで、かかりつけの病院で減酒治療を進めてもらうため、日本肝臓学会と日本消化器病学会、さまざまなプライマリ・ケア関連学会などが厚生労働省と交渉し、eラーニングを受けた医師であれば誰でも飲酒量低減薬を処方できるようになりました。[6]

 もし減酒治療を続けても状況が改善しない患者さんがいた場合は、肝臓の専門医に紹介していただくのが良いかと思います。肝臓専門医に関しては、日本肝臓学会のホームページに地域別の一覧で紹介していますので参照してください。[7]

参考文献
[1]厚生労働省「アルコール健康障害対策推進基本計画」 https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/000760238.pdf(2023年 9月現在)
[2]原田勝二.:日本醸造協会誌. 2001. 96; 210-220.
[3]アルコール医学生物学研究会 編「JASBRA アルコール性肝障害診断基準 2011年版(2021年小改訂)」https://plaza.umin.ac.jp/jasbra/sub-kijyun.html(2023年 9月現在)
[4]日本消化器学会 編「肝硬変診療ガイドライン2020」https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/kankohen.html(2023年 9月現在)
[5]厚生労働省「成人の飲酒実態と関連問題の予防について」より改変 https://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/061122b.html(2023年 9月現在)
[6]日本アルコール・アディクション医学会、日本肝臓学会「アルコール依存症の診断と治療に関するeラーニング研修」https://gakken-meds.jp/alc/(2023年 9月現在)
[7]日本肝臓学会「肝臓専門医一覧」https://www.jsh.or.jp/medical/specialists/specialists_list.html(2023年 9月現在)

企画・制作:保健指導リソースガイド 
提供:大塚製薬株式会社 
SL2403031(2024年 3月改訂)

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