オピニオン/保健指導あれこれ
地域での看取り

No.8 尊厳死について

看護師、社会福祉士、介護支援専門員、MBA(経営学修士)
神山 欣子
 日本尊厳死協会は、自分の意思を記しておくリビングウィルを推奨しています。回復の見込みがなく、命のともしびが消え去ろうとしているときにも、現代の医療は生命維持装置を駆使して延命することが可能です。「あらゆる手段を使って生きたい」と願っている人の意思も尊重されるべきですが、チューブや機械に繋がれて、身動き取れないように拘束されたままの治療を受けたくないと考えている人の意思も尊重されるべきです。そのような人が関係者にあてた「尊厳死の宣言書」を日本尊厳死協会が示しています。(http://www.songenshi-kyokai.com/living_will.html

 みなさんは、尊厳死のことを身近な問題として考えたことがありますか?

 1.認知症高齢者と環境
 厚生労働省は2025年には65歳以上の認知症高齢者の日常生活自立度II以上の割合を12.8%と推定しています(図)。誰もが認知症になるリスクをもっており、年齢が高くなるほど割合は高くなると考えられます。

 認知症はいくつかの種類がありますが、どの種類においても中核症状と周辺症状といわれる行動・心理症状があります。中核症状とは、記憶障害が主ですが判断能力も低下します。周辺症状といわれる行動・心理症状は、中核症状によって本人の性格や環境の変化が加わって妄想、幻覚、暴力や徘徊、不安やうつ状態、無気力といった感情の障害が起こります。

 入院など、普段の生活環境が大きく変化する時は、認知症のリスクが高くなります。例えば大腿骨を骨折した高齢の女性が帰ろうとしてベットから立ち上がったり、治療の意味が理解できなくて点滴のチューブを引き抜いたりすることは、まれではありません。やむを得ず、ひもで手足をベット策に固定して治療をしなければならないこともあり、どこまで治療が優先されるべきかを考えさせられます。

 2.人の尊厳と医療のあり方
 終末期の医療において、治療と生活のどちらが優先されるべきかと考えると、答えはでないかもしれません。日本でおこなわれるほとんどの治療は各種の健康保険が適用されます。おおよそ1割から3割の負担で、がんの手術から糖尿病の治療や高度救命救急センターで行われる医療まで提供されます。日本の国民皆保険制度は全国どこでも安心して医療を受けることができる制度として諸外国でも高く評価され、これを守り続けたいと誰もが考えています。

 最新の治療を行うことにより救える命は増え、保険以外の診療により延命される命も多くあります。施す医療があるにもかかわらずこれを拒否することはいけないのだと考えるのは当たり前でしょう。しかし、何のために治療をするのかを考える必要があると思います。「病気を治して最期まで良き人生を送る」「自分が望む人生を過ごす」ことはただ細胞として生存する事ではないと言うことです。「何のために」、「どうなるために」、どのような医療が必要かが問われなけれなならないと考えます。

 3.「尊厳死」安らかな死について
 尊厳死は安楽死と混同されやすく、誤解をされている方もいるかもしれません。安楽死とは耐え難い苦痛に襲われている死期のせまった人に致死的な薬剤を投与して死なせるものと言われています。尊厳死は過剰な医療を避け尊厳を持って自然な死を迎えることで、安楽死とは区別しています。

 高齢者は複数の病気や障害を併せ持つことが多く、心理・社会的影響も受けやすため、「終末期」の経過がきわめて多様で、終末期の判断が大変難しいと言われています。そのため、日本老年医学会では、担当医師のみの判断だけでなく、家族や本人の意思、医療・ケアチームの意見を踏まえて最善の治療方法が決定されるべきであると示し、その時には「治療をしない」や「治療を中止する」という選択が行われることもあります。

 尊厳のある死を迎えることは非常に難しいと思いますが、その根拠となるのが個々人が持つ死生観です。次回は死生観について考えます。

<参考文献>
1)日本老年医学会「高齢者の終末期の医療およびケア」に関する日本老年医学会の「立場表明」2012
2)厚生労働省 認知症高齢者数
3)日野原重明「延命の医学から命を与えるケアへ」医学書院1983
4)石飛幸三「口から食べられなくなったらどうしますか『平穏死』のすすめ」講談社2010
5)石飛幸三「『平穏死』のすすめ」講談社2010

■共同著者
栗岡 住子(保健師、産業カウンセラー、MBA、医学博士)
詳細はこちら≫(オピニオン連載)公衆衛生看護に必要なマネジメント

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