オピニオン/保健指導あれこれ
働く女性と乳がん -がん治療と乳房再建のいま

No.6 最新の乳房再建、脂肪注入と幹細胞

セルポートクリニック横浜院長、 杏林大学形成外科非常勤講師
辻 直子

 これまで、乳房再建の方法として、一般的に行われている「皮弁法」と「乳房インプラント法」の2つをご説明してきました。

 最終回となる今回は、新しい再建方法として近年注目されている「脂肪注入」についてお話していきたいと思います。

 過去の脂肪注入

 脂肪注入は、腹部や大腿から吸引してきた脂肪を、組織増大させたい部分に注入して、脂肪で軟部組織の増大をする方法です。

 それ自体は手技も簡単なため、古くから行われてきた方法でもあります。しかし、脂肪注入には、生着率が低いという欠点がありました。つまり、多くの脂肪を注入しても、注入後に脂肪細胞が死んでしまい、吸収されるため、思ったほどの脂肪が残らない、すなわち組織増大の効果が悪かったのです。

 当時の方法では2-3割の脂肪しか残らないと言われています。しかも、大量に脂肪が壊死してしまった場合は、そこに大きな嚢胞を形成したり、石灰沈着を起こしたりといった合併症も引き起こしていました。そのため、美容目的で顔に少量注入するなどの目的以外では、あまり使われてきませんでした。

 脂肪注入の進歩

 しかし、脂肪注入も進化しています。

 まずは脂肪吸引のしかたや、脂肪注入の基本手技が確立されました。極力、脂肪細胞を傷つけないように処理をして、細かく分散して注入することで安定した生着率が得られるようになりました。

 さらに近年では、脂肪組織の中に含まれる脂肪幹細胞に注目し、脂肪幹細胞を脂肪に混ぜて、幹細胞の多い脂肪を注入することでより脂肪の生着率を高めた方法(図1)も開発されています。


(図1)CAL(Cell-Assisted Lipotransfer、幹細胞付加脂肪移植)

 このように幹細胞を利用した再生医療を応用することで、現在では7割以上の生着率を確保できるようになりました。

 脂肪注入の利点と欠点

 脂肪注入の利点は、きずが小さく低侵襲であることです。脂肪吸引のために3mm程度の切開が必要なほかは、新しいきずは増やさずに、出血もごくわずかで済みます。そのため手術は日帰りや1泊入院で行うことが可能です。

 また、生着した脂肪は柔らかく、なだらかで自然な形を再現できます。欠点としては、非常に痩せた患者には適応が難しいことと、一度に注入できる脂肪の量に限界があることです。そのため、乳房切除後に脂肪をたくさん注入しようと思っても、一度では十分な大きさの乳房の形を作るのは困難です。

 乳房再建と脂肪注入

(1) 温存術後の再建

 このように進化した脂肪注入は、乳房再建にも応用されています。まず乳房温存術後の変形に対しては、陥凹した部分に脂肪を注入して膨らませるという方法で再建を行います。単純そうに見えますが、実際には乳房温存術後は切除部分に固い瘢痕ができており、癒着がある場合は注入が困難になります。

 また、多くの場合は放射線を照射した後なので、脂肪の移植床としては条件が悪く、脂肪の生着率も通常より悪くなってしまうことが多いため、乳房温存術後の脂肪注入による再建は、思ったよりも難しいというのが実情です。そこで瘢痕形成を併用したり、2回に分けて脂肪を注入するなどの工夫をして成績を上げています。

 これまで、乳房温存術後に再建を希望した場合は多くが広背筋皮弁を使った再建となっていましたから、長い入院や皮弁採取部の瘢痕など、患者の負担が大きかったのが実情です。脂肪注入であれば日帰りでの手術も可能ですし、働きながらの再建も難しくはありません。

(2) 乳房切除(全摘)後の再建

 全摘後に脂肪注入を用いて再建する場合は2つのパターンに分けられます。ひとつは、乳房インプラントと組み合わせる方法です。脂肪注入のみでは一度で乳房すべてのボリュームを作ることが難しいですから、そこを乳房インプラントで補おうという考えです。エキスパンダーで皮膚を拡張してから、乳房インプラントへ入れ替えを行い、その際に胸の皮弁の皮下に脂肪注入を行います。そうすることで、乳房インプラントのみでは生じやすいインプラント周辺の段差やデコルテ・腋窩の凹みも改善されます(図2)。また表面の脂肪が厚くなるため、さわり心地も改善します。


(図2)脂肪注入と乳房インプラントと組み合わせる方法

 もうひとつは、脂肪注入を何回か繰り返して乳房を再建する方法です。一度では十分なボリュームを得られない脂肪注入ですが、一度生着した脂肪には、時間を置けば再度脂肪注入を行って積み増しをすることが可能です。エキスパンダーで皮膚を拡張してから、数ヶ月おきに脂肪注入を繰り返すことで、乳房全体を脂肪のみで再建することも可能です(図3)。ただこの方法では、脂肪の生着率が特に重要になりますから、幹細胞を加えるなどの工夫が重要になってきます。限られた施設でしか行われていない、最新の再建方法と言えます。


(図3)脂肪注入と乳房インプラントと組み合わせる方法

 脂肪注入のこれから

 脂肪注入は、非常に柔らかく、なだらかな乳房を再建できることが特徴です。自分の組織ですから血流もあり、暖かく自然な感触です。しかも大きなきずや長期の入院の必要なく可能な術式ですので、今後ももっと発展していく方法だと思います。しかし脂肪注入は充分な経験や知識なく行うと脂肪の生着は充分に得られません。

 また適応を間違うと満足のいく結果が得られないことも多いため、症例数の多い施設での治療がすすめられます。今後は、さらに生着率を向上させる方法やより良い再建方法の模索が期待される、注目の分野と言えるでしょう。

 以上で脂肪注入の説明は終わります。これまで見てきた乳房再建の方法は、それぞれの特長がありますので患者がそれぞれの希望や事情で選択して行く必要があります。

 どの方法でもきちんと修正まで視野に入れれば満足のいく再建はできると思いますが、より患者の生活スタイルに合った方法を選んでいただくためにも、周囲の医療従事者が充分な知識をもってアドバイスができるようにしておきたいですね。

 拙い文章でしたがお読みいただきありがとうございました。

「働く人のがん対策」に関するニュース

2017年08月09日
がん患者の家族が経験する葛藤の実態 がん患者支援に向けた調査結果
2017年08月03日
2015年度の特定健診の実施率は50.1% 特定保健指導は17.5%で伸び悩み
2017年07月26日
20歳から体重5kg増加は健康リスク 体重を増やさない10の方法
2017年07月26日
がんサバイバーたちの「生きる力」を表現 がんと生きる、わたしの物語
2017年07月26日
糖尿病の最新全国ランキングを発表 ワーストは青森県 ベストは愛知県
2017年07月26日
都道府県の健康格差が拡大 寿命で3.1歳、健康寿命で2.7年の格差
2017年07月19日
乳がんの新たな治療薬の開発に道 ホルモン療法の問題を回避できる可能性
2017年07月13日
大腸がんを人工知能(AI)で検査 見逃しやすいがんを98%の精度で発見
2017年07月06日
厚労省「データヘルス改革」の工程表を発表 2019年までにシステム構築
2017年07月06日
「人工知能」(AI)を保健分野に活用 6分野で開発、安全対策も 厚労省

最新ニュース

2017年08月18日
マシンガーZとのコラボで海外渡航者に麻しん感染予防を啓発
2017年08月16日
賞金3万円!「血糖値アップ・ダウン コンテスト」募集スタート!
2017年08月15日
★参加者募集中★第2回産業保健PC テーマ「保健指導の基本姿勢」
2017年08月10日
8割を超える事業場でストレスチェック制度を実施~厚労省調査
2017年08月10日
【健やか21】冊子「あなたと赤ちゃんの健康」無料配布  申込受付中
2017年08月09日
健康保険加入者の37%が肥満 脂質や血圧など複数のリスク 健保連調査
2017年08月09日
がん患者の家族が経験する葛藤の実態 がん患者支援に向けた調査結果
2017年08月09日
週3~4回の「飲酒」が糖尿病リスクを低下 アルコールは糖尿病に良い?
2017年08月09日
「味噌」に血圧の上昇を抑える効果 日本型の食事スタイルを再評価
2017年08月09日
受動喫煙により大動脈疾患リスクが2倍超に増加 家庭外の受動喫煙は深刻
2017年08月09日
ミカンのポリフェノールに緑内障の改善作用 酸化ストレスから網膜を保護
2017年08月04日
【健診・予防3分間ラーニング】サンプル動画3タイトル公開中~
2017年08月03日
【健やか21】渡航者向けの「麻しん」の予防啓発活動
2017年08月03日
2015年度の特定健診の実施率は50.1% 特定保健指導は17.5%で伸び悩み
2017年08月03日
【連載更新】課題解決のための取組み「ゆりかごタクシー」「ベビー防災」
2017年08月02日
「ウォーキングの格差」が世界規模で拡大 スマホで世界111ヵ国を調査
2017年08月02日
適量のアルコールでも脳には悪影響が 海馬の萎縮リスクが3倍以上に
2017年08月02日
糖尿病の医療費の節約志向が高まるアメリカ 5人に1人が受診を回避
2017年08月02日
犬の散歩は運動になるか? 運動不足を解消するのに効果的である可能性
2017年08月02日
日本の脳卒中の発症者は年間29万人 半分以上が死亡や介護が必要な状態に
2017年08月01日
「熱中症を防ぐ!」へるすあっぷ21 8月号
2017年07月28日
【健やか21】企業主導型保育事業(内閣府)/健康寿命をのばそう!アワード
2017年07月27日
【連載更新】 ワンコイン健診の挑戦(ケアプロ株式会社)
2017年07月26日
20歳から体重5kg増加は健康リスク 体重を増やさない10の方法
2017年07月26日
高齢者対象の「高血圧診療ガイドライン」 高齢者の降圧には注意が必要
2017年07月26日
がんサバイバーたちの「生きる力」を表現 がんと生きる、わたしの物語
2017年07月26日
糖尿病の最新全国ランキングを発表 ワーストは青森県 ベストは愛知県
2017年07月26日
都道府県の健康格差が拡大 寿命で3.1歳、健康寿命で2.7年の格差
2017年07月26日
日本人3,554人の全ゲノム情報を解読に成功 日本人のゲノム医療に期待
2017年07月26日
日常診療におけるバイオマーカーとしての尿中L-FABPの有用性と可能性
無料 メールマガジン 保健指導の最新情報を毎週配信
  • 週1回配信(毎週木曜日)
  • 登録者数 6,325 人(2017年08月現在)
登録者の内訳(職種)
  • 保健師 44%
  • 看護師 20%
  • 管理栄養士・栄養士 22%
  • その他 14%
登録はこちら ▶
ページのトップへ戻る トップページへ ▶