オピニオン/保健指導あれこれ
健康管理スタッフに大切なメンタルヘルス支援とは

No.2 「ストレスチェック」でできること、できないこと

神戸親和女子大学大学院教授
丸山 総一郎
 1. 産業ストレス対策のエビデンスと一次予防戦略

 「ストレスチェック」の導入は、前回紹介しました「ストレス学ハンドブック」のなかでも東京大学の川上憲人教授や北里大学の堤明純教授によって、エビデンスに基づいた産業保健活動と一次予防戦略の重要性を、よく理解した上で進めていかなければならないと強調されています。

 エビデンスに基づいた産業保健活動は、「科学的根拠に基づく医療(evidence-based medicine: EBM)」『ひとり一人の患者さんの治療過程において、現在入手可能な最強のエビデンスを良心的に、明示的に、かつ賢明に応用することである』とされ、産業保健専門職に求められています。大事な点は、根拠の水準で、表1の通り、高いIaから相対的には低いIVまであります。

表1 根拠に基づく医療(EBM)における根拠(エビデンス)の水準
(米国健康政策・研究局(AHCPR)による区分)


「ストレス学ハンドブック」(川上憲人 訳)より

 産業保健活動のベースとなる研究の多くが、Ia,Ibのような無作為化比較試験に裏付けられた高い科学的根拠の水準にあるわけではありません。

 しかし、差し当たっては、産業ストレス対策に関するエビデンス蓄積のうち最も高い根拠をベースに取り組んでいくのが科学的には正しいのです。

 たとえば、権威のある研究者や臨床家の意見による労働者のストレス軽減ための「ストレスチェック」の有用性(水準IV)よりも、信頼できる無作為化比較試験による「ストレスチェック」の結果が効果なしとしている場合(水準Ib)には、後者の方が採用されます。

 一次予防戦略としては、個人向けストレス対策(セルフケア)、管理監督者教育(研修)、職場環境改善の3つが重要です。というのも、職場のメンタルへルス対策が、従来の専門スタッフのみによる疾病対策(ケースマネジメント)から労働者自身が自律的に関与する取り組みとしてリスクアセスメントを行い、病気になってからどうするのかを考えるのではなく、より予防的、組織的な対策を講じることが国際標準になっているからです。

 将来的には、企業経営サイドからいえば生産性の向上、労働者サイドから言えば働きがい(QWL)の向上を見据えた施策としても「ストレスチェック」制度を位置づけることが可能でしょう。

 しかし、私がここで指摘しておきたいことは、職場では個人では対応に限界のある業務上のストレス要因が結構多いということです。従来から、仕事の質や量に関する問題や、対人関係の問題(パワハラ、セクハラを含めて)を起因とするメンタルヘルス不調に苦慮してきました。

 さまざまな業務上の出来事の中でも、日本の労働者にとって、とりわけ長時間労働がメンタルヘルス不調の発症要因となり、なかでも中間管理職の長時間労働の健康への良くない影響については以前より私は実証研究において明らかにしてきました。

 ただ、一次予防に立ち入りにくかったのは、二次予防や三次予防と比べて一次予防は対象が多く、より大きな組織的枠組みの変革と関係者の利害が絡んでくるので産業保健スタッフの対応だけでは困難だったからです。それでも今回の「ストレスチェック」によって、より根本的なストレス対策となる道筋がつけられる可能性が出てきたのではないでしょうか。

 2. 「ストレスチェック」でできること、できないこと

 組織単位のストレス対策は、その置かれた状況をよく検討し、何が出来て、何を優先すべきか、よく考えた上で取組んで行かなければならないのです。

 「ストレスチェック」の導入でできること、できないことは一律ではなく、各事業所で異なるものでしょう。経営状態、事業規模・内容、事業所の構成員、予算などを参考に目標のレベル設定が重要で、それを決めるのは最初の事業者表明であり、(安全)衛生委員会です。

 ただ、通常職場には変更が困難な基本的な枠組みが存在するので、安易に要求水準を下げるような対応で全体のアウトプットの低下を招くような変更は好ましくはありません。変更可能な職場環境改善を進め、リスク低減をはかることが肝要です。

 組織の健康度向上は、ある局面だけを切り出して職場環境改善を展開することではうまく行かず、多元的にリスクアセスメントを進めトータルな評価を目指すべきなのです。また職場環境改善をスムーズに進めて行くためには、集団分析が欠かせません。

 今回の「ストレスチェック」では、集団分析は努力義務に留まっていますが、中小事業場であっても、できないことではありません。相対的にストレス負荷がかかりやすい部署や、メンタルヘルス不調者の増大がよくみられる部署は概ねわかっている場合も多いでしょう。その一方で、「ストレスチェック」の集団分析結果は見えない実態を反映する可能性も高く、潜在的なストレス負荷を把握できるかもしれません。しかし、正直な回答が得られなければ、実効性がないばかりか、誤った判断さえなされかねません。

 集団分析は各部署のメンタルへルスの成績を示すような扱い方がなされると、混乱を招く可能性すらあります。たとえば、相対的評価を気にするあまり、その部署の管理監督者が部下たちに改善圧力をかけるようなことがあってはならないのです。よりよい環境改善をはかるツールとして、オープンな雰囲気と労働者参加・対話型の主体的、自律的な活用法が求められているのです。そのためにも、職場環境改善を目標とする以前に、セルフケア研修や管理監督者研修が十分に行われていなければならないでしょう。

 できないことというよりはしてはならないことは明らかです。ここでは詳細には触れませんが、「ストレスチェック」は個人の健康情報ですから、その対応は慎重に、情報管理は徹底されなければなりません。また事業者、実施者、産業医などの関係において、「ストレスチェック」の結果が安易な管理に晒されることがあってはならないのです。

 一旦、「ストレスチェック」制度への信頼が失われると実効性が乏しくなるだけでなく、組織の士気低下さえ招きかねず、公正公平で民主的な組織風土の醸成や生産性の向上、助け合う対人関係の構築など到底期待できなくなります。

 「ストレスチェック」は制度としてまだ完成された方策とは云えないかもしれませんが、毎年実施されるものですから、職場のメンタルヘルス対策の柱のひとつとなるよう皆で継続的に育てていくべき制度だと思うのです。


編:丸山総一郎
発行所:創元社  発行日:2015年3月

 ストレスに関する基本的な知識から最新の研究成果までを体系的に網羅した待望のハンドブック。ストレスの発生メカニズム、測定・評価の方法、医学的・心理学的対応や環境調整による対応、そして自殺やうつ病などストレスが関わるさまざまな問題について、第一線で活躍する研究者・医師総勢45人がわかりやすく、丁寧に解説する。ストレスについて学びたい初学者から実務家、最新動向をフォローしたい研究者まで、必携のレファレンス。(出版社より)

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