オピニオン/保健指導あれこれ
健康管理スタッフに大切なメンタルヘルス支援とは

No.3 保健指導実践者に期待するメンタルヘルス支援

神戸親和女子大学大学院教授
丸山 総一郎
 1. ストレスはなくせるのか?

 「ストレスチェック制度」の中では、"ストレス"はとかくネガティブな側面のみが強調されているように感じます。確かに悪いストレス(distress)は除去した方がよいでしょう。しかし、"The absence of stress is death."といわれるように、生きている限りストレスのない状態はありません。ストレスにはポジティブな側面もあり、良いストレス(eustress)は、より良いものを創造する動機付けやWell-being向上のエネルギー発揚にもつながるのです。

 また、メンタルヘルスに取り組む場合、保健指導実践者は、オルタナティブ(二者択一)、白黒思考ではなく柔軟な対応を心がける必要があります。科学的根拠(evidence)に基づいた保健指導は大切ですが、経験の蓄積に基づいた指導も重要です。基本的に医学・医療は、サイエンスとアートの両側面を持っていますので、それらの調和を常に考慮しておかなければならないのです。

 2. 一億総活躍社会の実現と女性活躍推進法の施行を見据えて

 一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき政策について、「新・三本の矢」が政府より2015年9月24日に発表されました。

 この「矢」は、"希望を生み出す強い経済"、"夢をつむぐ子育て支援"、"安心につながる社会保障"の3つで、「的」は、GDP600兆円、希望出生率1.8、介護離職ゼロです。その実現性にはかなり厳しいものがありますが、ポジティブな取組みは活力を与えてくれます。

 当面、少子高齢化による労働供給減という構造的な問題の解決には、より一層、女性の職場進出が欠かせません。そのため、まずは、雇用と待遇の改善、労働条件の改善、結婚・妊娠・出産・育児支援、介護サービスの充実化などが急務の課題です。次に、男性と同等に活躍できるよう女性のキャリア形成をめざしたライフデザインとキャリアデザインの統合が目標となります。

 2016年4月1日施行の「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(女性活躍推進法)」は、その具体的推進策として注目されています。そもそも日本で、女性の活躍推進が遅れているのは、法政策、制度や慣行、固定的性別役割分担意識などによります。ストレスチェック制度導入を機に、男女別の実情把握を行い、特に女性固有のストレス支援とwell-being向上、職場の改善につながる分析が進められるべきでしょう。

 3. メンタルヘルス対策における実態指標の活用

 2014年における精神障害の労災認定は、女性の内数も発表されました。

 それにより、わかったことは、女性は「セクハラ」や「パワハラ」、「上司とのトラブル」、「事故や災害の体験をした」など特定の業務による出来事で精神障害を発病する割合が高いことでした。ただ、自殺(未遂を含む)の認定は2件(2%)と女性は男性に比べかなり少なかったのです。こうした生データの活用も一次予防の実践において有用と思われます。

 いずれにせよ、ストレスチェック制度で得られる長期かつ大量の蓄積データを個別の事業場あるいは全体として包括的に分析していくことで、より実態に迫った有効策を見いだせる可能性は高くなるはずです。

 4. ストレスチェック制度の保健指導実践者への期待

1) 第一次予防のねらいと実効性のある対応とは?
 ストレスチェック制度は、メンタルヘルス不調の未然防止・職場改善の第一次予防をねらいとしていますが、早期発見・早期予防の第二次予防、職場復帰支援・再発防止の第三次予防を疎かにしてよいというものではありません。ただ、増加するばかりのメンタルヘルス不調の根本に遡り、その未然防止の強化に踏み込んだところが重要です。つまり、ストレスチェックの本質は、疾病志向から健康志向への“志向転換”にあります。したがって、その仕組みに、個人へのアプローチ(ストレスへの気づきとセルフケアの促進、高ストレス者に対する面接指導を行い、就業上の措置による仕事ストレスの軽減)と集団へのアプローチ(職場単位でのストレス状況把握・分析による職場改善を進めての職場ストレス軽減)の2つを組み込んだ対応となります。

 やはり、実施するからには、保健指導実践者は、労働者と事業者双方にとって、その意義を高め、医学的にバランスのよい調整、事業場のレベルに合致した計画、適切な連携を進めるなど、専門家としての役割を担うことで、その中身を実効性のある制度にする必要があります。

2) 個人情報保護と不利益な取扱いの防止が制度の鍵
 ストレスチェックは、本人の同意がない限り事業者に個人の情報は提供されない仕組みです。これが守られ、うまく運用されなければ、労働者の受検、正直な回答や高ストレス者の面接申出が円滑に行われず、企業としても何ら効果を期待できなくなる恐れがあります。これは"言うは易く行うは難し"ですが、制度の鍵となるところです。この点を含め、(安全)衛生委員会で十分議論を重ね規程とし、実施以前に、広報も徹底しておくことが望まれます(表1)。

3) 面接指導実施の流れと留意点
 高ストレス者からの面接指導の申出があった場合、医師(事業場の産業医が望ましい)による面接指導が実施されます。その確認事項は、勤務の状況、心理的な負担(ストレス)の状況、その他の心身の状況、そして総合評価、労働者への指導です。その後、医師により事業場への意見具申(面接指導結果報告書の作成、就業上の措置に係る意見書の作成)が行われ、必要に応じて事業者による就業上の措置が実施されます。その過程で、聴取した内容のうち事業者に報告すべきこと、また報告したほうがよいと考えられる事項について承諾を得ます。

 しかし、本人の安全や健康を確保するために不可欠であると考えられるものについては、事業者が適切に対応できるように健康情報を労務管理上の情報に加工するなど、本人の意向にも十分配慮した上で報告する場合もあり得ます。

 保健指導実践者は、こうした流れについて個別性をよく理解し、共有した就業上の措置に関する事項など労務管理上の情報の取扱いについても留意しなければなりません。

4) ポジティブメンタルヘルスの可能性と連携のあり方
 第一次予防は、言い換えるとポジティブメンタルヘルスの推進ですが、職場の改善は保健指導実践者以外の他部署関係者との連携や経営に関わる問題に発展することもあります。それは、うまく行けば、労働生産性の向上など経営面でのプラス効果も期待されるかもしれませんが、余りに経営に踏み込みすぎたり、不適切な情報管理や連携がなされると医療の中立性や信頼が損なわれることになりかねません。今後、保健指導実践者が公正であるために利益相反の観点からの検討はますます重要となってくるでしょう。

 5. シリーズのおわりに

 知識と技術の修得と絶え間ない更新、豊富な経験、介入タイミング(早期対応)の判断が、メンタルヘルス支援における保健指導実践者に特に求められるものと考えています。「ストレスチェック制度」に関するマニュアル・実践書は、今、矢継ぎ早に刊行されています。しかし、ストレスの本質に迫った書籍は乏しく、「ストレス学ハンドブック」は高額な専門書にもかかわらず1年も経たないうちに増刷されました。

 保健指導実践者がさまざまな問題にぶつかった時こそ、簡便に入手可能な情報だけに頼るのではなく、是非「ストレス学ハンドブック」を活用していただきたいのです。それは、必ずどこかに解決のヒントやコツ、回答となる根本が示されていると思うからです。実際に講読された読者からは、専門家ほど、時宜に適った稠密で質の高い内容に"このような本がほしかった"と納得の声が数多く寄せられています。


編:丸山総一郎
発行所:創元社  発行日:2015年3月

 ストレスに関する基本的な知識から最新の研究成果までを体系的に網羅した待望のハンドブック。ストレスの発生メカニズム、測定・評価の方法、医学的・心理学的対応や環境調整による対応、そして自殺やうつ病などストレスが関わるさまざまな問題について、第一線で活躍する研究者・医師総勢45人がわかりやすく、丁寧に解説する。ストレスについて学びたい初学者から実務家、最新動向をフォローしたい研究者まで、必携のレファレンス。(出版社より)

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