第96回 日本産業衛生学会「強くしなやかな産業保健をめざして」
レポート#1
テーマは「強くしなやかな産業保健をめざして」
2023年5月10日~12日、宇都宮・ライトキューブ宇都宮で「第96回 日本産業衛生学会 強くしなやかな産業保健をめざして」が開催されました。
コロナ禍を経て労働のあり方が大きく変わると同時に、産業保健活動の課題にも変化が起こりましたが、これからの活動を推し進めていくための知見と理解を深められる3日間となりました。
第96回 日本産業衛生学会産業衛生の知見が集まる3日間
日本産業衛生学会(理事長:森 晃爾氏/産業医科大学)は、日本において最も長い歴史を持つ、産業衛生に関する最大規模の学術団体である。日本医師会および関連諸学会と連携して本分野の人材育成に積極的に取り組むなど、産業衛生の質の向上を目指している。
本大会では、産業保健に関するさまざまな話題が取り上げられたが、その中からピックアップしてレポートする。
シンポジウム1「働きやすさと健康を両立できる勤務体制の設計」
座長:高橋正也氏(労働安全衛生総合研究所・過労死等防止調査研究センター)
フリーランスの労働安全衛生-2021/2年度厚生労働科学研究から
横山和仁氏(国際医療福祉大学大学院・公衆衛生学専攻)
在宅勤務と健康:勤務時間外の業務連絡の問題
池田大樹氏(労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)
裁量労働制適用者の働き方と健康~自律的に働くことと健康確保の両立に向けて
池添弘邦氏(労働政策研究・研修機構)
休み方から考える新たな疲労管理の視点:交代勤務における睡眠マネージメントの重要性
久保智英氏(労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究所)
どのような勤務体制で働くかによって、健康、安全、労働生活の質は大きく変わる。昨今では家庭や私生活の充実が重視されるようになり、個々人にあった勤務体制の改善が望まれている。 本シンポジウムではフリーランスや在宅勤務者、裁量労働制適用者、交代勤務者を例に、働き方が多様化する社会でそれぞれが快適に働くためには何が必要かが討議された。
池添弘邦氏の「裁量労働制適用者の働き方と健康~自律的に働くことと健康確保の両立に向けて」では、裁量労働で働く方の中には、仕事中心の生活からセルフネグレクトやワーカホリックに陥ってしまい、セルフケアが行き届かない人々が多くいると指摘。労働者が自分自身の生活を考えらるよう、裁量労働を適用する場合は職場からの配慮も必要だと述べた。
総合討論では、日本人は「休むこと」に対して低い価値観を持っており、自主的な選択で休みを取れるような仕組みづくりが大切だと語られた。
シンポジウム5「今こそ産業保健に求められ職域のがん対策」
座長:祖父江友孝氏(大阪大学大学院医学系研究科環境医学)
中川恵一氏(東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座)
第4期がん対策推進基本計画について
原澤朋史氏(厚生労働省健康局がん・疾病対策課)
がん対策推進企業アクションの活動
中川恵一氏(東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座)
中小企業におけるがん対策:大同サーベイの結果より
南谷優成氏(東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座)
職域におけるがん検診・情報の取り扱い
立道昌幸氏(東海大学医学部基盤診療学系衛生学公衆衛生学)
保険者における職域がん検診精度管理の可能性と課題
小川俊夫氏(摂南大学農学部食品栄養学科公衆衛生学教室)
職域のがん検診の課題と方向性
祖父江友孝氏(大阪大学大学院医学系研究科環境医学)
がんは在職者死因の1位であり、約50%を占めている。これまで「がんは私傷病」という理由で産業保健の主な職務として認知されていなかったものの、健康経営やコラボヘルスが進む中、職域でのがん対策は会社の経営面にも大きなメリットがあると考えられ始めている。 本シンポジウムでは、13年以上がん検診の普及活動を担ってきた「がん対策推進 企業アクション」[1]の活動実績が紹介された。
一方、がん対策には二次予防として「がん検診」があるが、あくまで福利厚生という位置づけであり、社員サービスと考えれていた。福利厚生が充実しにくい中小企業では受診率が上がらず、罹患情報の把握が難しい状況とも語られた。 そのため、働く世代のがん検診の主体は職域であるにも関わらず、当の現場である職域では状況の把握すらできていないのが現状だとし、今後の中小企業におけるがん検診および情報管理への感度を高めることの必要性について、意見が述べられた。
メインシンポジウム2「治療と仕事の両立支援のためのコミュニケーション」
座長:江口 尚氏(産業医科大学産業生態科学研究所産業精神保健学研究室)
須賀万智氏(東京慈恵会医科大学環境保健医学講座)
企業から主治医への情報提供支援ツール 「治療サポ」の開発
梶木繁之氏((株)産業保健コンサルティングアルク)
主治医と産業医のコミュニケーション:誰も取り残さない両立支援をめざす環境デザインと実践
武藤 剛氏(北里大学医学部衛生学)
援助希求行動としての「治療と仕事の両立支援」と支援的な職場風土
山内貴史氏(東京慈恵会医科大学環境保健医学講座)
インクルーシブ・リーダーシップと援助要請
森永雄太氏(武蔵大学経済学部経営学科)
事業者をその気にさせるコミュニケーション
島崎崇史氏(東京慈恵会医科大学環境保健医学講座)
社員のメンタルヘルスは業績に影響することから、職場環境を整えることは経営面において大きなメリットであるとまとめられた。また、仕事復帰後の5年勤務率は約60%に留まる点から、復帰後の支援こそが"本番"であるとされた。
医療者側の意識改革や、病院間・企業間での連携を積極的に行い、「第4期がん対策推進基本計画」で掲げられたとおり「誰一人取り残さない」姿勢が大切である。
山内貴史氏発表の「援助希求行動としての『治療と仕事の両立支援』と支援的な職場風土」では、自ら申し出ることの出来ない人が多いのが現状であり、人の行動から変えるのではなく、報告しやすい職場づくりをしていくことが企業の役割だとした。
* * *
その他にも、産業保健におけるPHR(パーソナルヘルスレコード)の活用や両立支援の推進、疲労リスク管理の問題など、さまざまな話題が取り上げられた。
現在の日本は労働条件や健康状況がそれぞれ異なっているが、労働者ひとり一人が健康に働くための社会づくりが求められており、そのためには産業保健活動の幅を広く持つことが不可欠というメッセージが、多くの講演を通じて伝えられていた。
参考情報
[1] がん対策推進 企業アクション(厚生労働省)
今後の開催情報
次回の日本産業衛生学会は2024年5月に広島で開催予定。今年10月には、山梨県で日本産業衛生学会全国協議会が開催される。開催概要は以下のとおり。
第33回 日本産業衛生学会全国協議会
■テーマ:多様化する社会と産業保健
■日 程:2023年10月27日(金)~ 10月29日(日)
■会 場:山梨県・YCC県民文化ホール、山梨県立図書館
■企画運営委員長:小林正洋(山梨県医師会理事)
日本産業衛生学会
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