2003年 産業医科大学卒業。その後、製鋼業や化成品製造業などの専属産業医、健診機関の健診や嘱託産業医業務を経て2016年より現職。
労働衛生コンサルタント、日本医師会認定産業医、日本産業衛生学会認定指導医
No.1 人生100年時代の労働者に向けた保健指導
水島製作所 管理部 安全衛生 健康管理センター
少子高齢化の進展による人材不足は深刻
日本において、少子高齢化が加速しています。総務省の予測[1]によると、今後、高齢者の増加幅は落ち着くものの、現役世代の減少は加速するようです。
これらの背景から、堅調な社会経済の維持・発展はすでに危機的な状況となっています。社会を支える側である現役世代(≒生産年齢人口)の減少は現在も深刻ですが、その影響はより顕著となるでしょう。
「労働市場の未来推計2030」(図1)によれば、2030年の人手不足は実に644万人、新型コロナウイルス流行や緊迫した世界情勢などを反映すると、さらに増加する可能性があります。
同研究では人手不足の解消として「働くシニアを増やす」「働く女性を増やす」「働く外国人を増やす」「生産性を上げる」の4点が提案されており、「働くシニアを増やす」解決策は人手不足解消の2番手に挙げられています。
図1 パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」より[2]
人手不足に対しては国も対策をとっており、働き方改革などもその一環とされますが、即効性のある解決策はなかなか出てきていないのが現状です。
高齢者は就業の意欲が強い
「働くシニアを増やす」との提案がある一方、働き手として期待されている高齢者側の事情はどうでしょうか。
前述の総務省の報告によると、「高齢者の体力・運動能力は若返ってきている」「生涯現役を希望しており、半数以上の方が70歳以上の就業を希望」し、高齢者の就労は「健康予防・維持に寄与」「経済活性化にも寄与」するそうです。
他の研究でも、「働けるうちはいつまでも働きたい」「健康のために働きたい」と考えている高齢者が多いことが分かっています。国も「職場における心とからだの健康づくりのための手引き(いわゆるTHP指針の改正)」[3]「エイジフレンドリーガイドライン」[4]などを発表することで、高齢者、高年齢労働者が就業する、または就業を継続する取り組みを支援しています。
高年齢労働者、高齢者は安定した労働力?
一方、企業はさまざまな観点から“安定した労働力”がほしいものです。就業の意欲が高いのはありがたいものの、“安定した労働力”という観点からみると、一般的に高年齢労働者はリスクが高いとされています。
ここでは3点のリスクを紹介します。
①労働災害のリスク
高年齢労働者は、労働災害に遭いやすい状況があります(図2・図3)。
図2・図3 東京労働局ホームページ「高齢者労働者の安全と健康」より[5]
一般的には加齢により全身の諸機能は低下しますので、被災リスクが大きくなることは想像に難くありません。また、被災後の復職が遅くなる傾向にあることも重要です。同等の被災でも、若年者に比べ重症化しやすいというポイントがあります。
「転倒」災害を例にとると「諸機能が低下し転倒しやすくなる」→「転倒した際に踏ん張りがききにくくなる」→「転倒に至った際は骨折など重症化しやすい」といった悪循環に陥ってしまいます。現に、高齢の女性労働者で、転倒災害後の職場復帰が遅延する傾向にある[6]など、統計結果にも、上記の傾向が現れています。
②就業影響、職場離脱のリスク
医療費の推移(図4)をみると、60代を過ぎると医療費は増大しており、種々の疾患で受療する方が増加していると考えられます。疾患によっては、症状や治療に伴い就業に影響するものがあり、場合によっては想定外の配慮が必要となるケースがあります。
また、高齢世代では悪性腫瘍など、状況によっては長期の治療が必要な疾患も発症しやすくなります。突然の職場からの離脱、退職のリスクも高くなるといえます。
図4 厚生労働省「年齢階級別1人当たり医療費、自己負担額及び保険料の比較(公的医療保険)(年額)」より[7]
③個人差のリスク
前述のさまざまなリスクには個人差があることが重要です(図2・図3)。「加齢とは“個人差”が拡大すること」と表現する専門家がいるように、加齢によって上記のリスクにも個人差が生じます。
たとえば、20代であれば、どなたでも“見た目は20代相応”に感じますが、70代ではいかがでしょうか。「えっ? 若い! 見えない」という場合もあれば、「もっと年上に見える……」という場合もあるのではないでしょうか。
こういった個人差が、たくさん生じてくるのが高年齢労働者です。リスクの高低が一律に判断できない(個人差がある)ところが、就業管理が難しいとされる背景ともいえます。
これからの保健指導
保健指導によって、前述のリスクを解消し、高齢者の安定した就業能力維持を図る場合、2つの視点が重要です。
それは「加齢によって低下した能力を補う、またはこれ以上低下しないようにする視点」と「若年から能力が低下しないようにする視点」です。
①加齢によって低下した能力を補う、またはこれ以上低下しないようにする視点
詳細は第2回以降の先生に譲りますが、高年齢労働者への保健指導はハイリスクアプローチがメインになります。種々のリスクを避けるためには、早期発見、早期治療、治療後の復職や両立支援など、二次予防、三次予防の観点から指導を行います。
また、定年制度の延長などに伴い、より高齢の労働者の就業が増えることにより、保健指導の内容も変えていく必要があります。今まで以上に年齢の高い方の就業も予想されます。「フレイル予防」「ロコモ予防」などの内容も、取り入れる必要があるかもしれません。
栄養指導においても、「エネルギー・塩分・脂肪を制限するべき、いわゆる中高年の栄養指導」とは別に、「高たんぱく・高ビタミンなどの低栄養、フレイル予防」が必要となる可能性があり、年齢、対象によっては内容を変える必要が生じます。[8]
行動変容という面では、本人や周囲の理解、協力も重要ですが、状況によっては、独居や認知症の問題も生じてきます。当人だけへの保健指導ではなく、高年齢労働者を社会全体で支えていくような保健指導、取り組みの開発が期待されています。
②若年から能力が低下しないようにする視点
加齢によって人体の諸機能は低下しますが、生活習慣病や有所見(異常値)がある場合、低下の速度はさらに加速するといわれています。当然、何かあってからの対応では遅く、若年からの生活習慣の改善や行動変容によって“諸機能を低下させない”取り組みも重要となります。
従来からの保健指導につながる点が多い部分ですが、「職場における心とからだの健康づくりのための手引き(いわゆるTHP指針の改正)」[3]などでは、「健康経営」「コラボヘルス」「スポーツを取り入れる」「歯科口腔保健の重要性」など、比較的新しい概念が示されており、新世代の保健指導が期待されています。
「日本産業衛生学会エイジマネジメント研究会」とは
エイジマネジメント研究会は、産業衛生に関する学術研究とその実務の振興を目的に公益社団法人 日本産業衛生学会の中に2008年設立されました。構成メンバーは現在140名程度で職種も多岐にわたっています。
エイジマネジメントとは、「労働の場における加齢と健康に関する課題や世代ごとの特徴に合わせた産業保健活動を行うこと」を意味し、高年齢労働者がいきいきと働き続けるための健康管理の在り方や労務管理の在り方の発展、労働適応能力などの研究を通しての高年齢労働市場と高年齢労働者の雇用機会の拡大促進などを目的として活動しています。
直近では、順天堂大学(スポーツ健康科学部)山田泰行先生による特別講演「テレワーク時代におけるエイジマネジメント」などを開催(2021年11月14日)いたしました。
参考文献
[1]総務省「2050年までの経済社会の構造変化と政策課題について」
[2]パーソル総合研究所・中央大学「労働市場の未来推計2030」
[3]厚生労働省「職場における心とからだの健康づくりのための手引き(いわゆるTHP指針の改正)」
[4]厚生労働省「エイジフレンドリーガイドライン」
[5]東京労働局ホームページ「高齢者労働者の安全と健康」
[6]千葉労働局ホームページ「中高年齢者の労働災害を防止しましょう」
[7]厚生労働省「年齢階級別1人当たり医療費、自己負担額及び保険料の比較(公的医療保険)(年額)」
[8]飯島勝矢「「一億総活躍社会」の実現へ~高齢者の活躍できる生涯現役社会の創出~」12p, 年齢別カロリー摂取に関する考え方の「ギアチェンジ」
「高齢者の特性に配慮した「エイジフレンドリー職場」を目指して」もくじ
著者プロフィール
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三菱自動車工業株式会社 統括産業医
水島製作所 管理部 安全衛生 健康管理センター
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