2008年産業医科大学医学部卒業。2012年4月より三井化学(株)岩国大竹工場専属産業医、2016年4月より現職。
労働衛生コンサルタント(保健衛生)、日本産業衛生指導医、社会医学系指導医、佐賀産業保健総合支援センター相談員/登録産業医、佐賀大学医学部非常勤講師など
No.2 職場における高年齢労働対策
化学工場と高年齢労働
私は2012年より化学工場の専属産業医として勤務しています。化学工場での現場社員の働き方は、基本的にコンピューター機器による監視業務(デスクワーク)とプラント(化学装置設備群)のパトロールが中心で、身体的に負荷の強い重筋労働などの作業はあまりなく、高年齢労働者にとって比較的働きやすい職場といえると思います。
2013年に高年齢者雇用安定法が改正され、最も多い時で、社員全体の約3割にあたる300名以上が60歳以上で働き続けてきました。その中で得た経験と具体的な2つの事例を通して、高年齢労働者が働きやすい職場についてのポイントを考えてみたいと思います。
工場のイメージ
事例① 転倒災害は防ぐことができるのか?
1つ目の事例は「転倒災害」についてです。転倒災害は労災による休業4日以上の死傷者数のうち最も多い「事故の型」であり(図1)、特に高年齢労働者に多いことが知られています。私の経験でも、パトロール中に階段の段差や配管につまずいて転倒する高年齢労働者が散発した時期があり、対策を検討しました。
図1 厚生労働省「職場のあんぜんサイト:労働災害統計」[1]をもとに独自に作成
転倒災害の対策の最も難しいところは、設備的な安全対策のみでは十分な対策が取れないことです。他の労災、たとえば「はさまれ・巻き込まれ」による労災は以前から減少傾向にありますが(図1)、その大きな理由は設備面での安全対策が効果的だからです。具体的には、はさまれたり・巻き込まれたりする恐れのある機器の回転部などに手が入れられないように安全カバーを設置するだけで、労災対策として大きな効果が上げられます。
一方で転倒の場合は、床面の凸凹を少なくしたり平らにしたりするだけでは対策として不十分で、わずかな凸凹でもつまずき、転倒することがあります(そもそも「職場のすべての床面を平らにする」ということ自体が、あまり現実的な対策ではありません)。
高年齢労働者は、なぜ平らな床面でもつまずいてしまうのでしょうか? 1つの原因は、加齢などにより足の振り上げ幅が小さくなり、つま先と床面が擦れてしまうことです。
では、つまずくとなぜ転倒してしまうのでしょうか? これも、加齢による身体機能の低下が大きく影響しています。つまずいたとしても、バランスをとり足を出して踏ん張ることができれば、転倒することは防げます。しかし、高齢になると平衡感覚や股関節の柔軟性、瞬発力、下肢の筋力といった身体機能が低下し、複合的な要因で転倒しやすくなってしまいます(2歩分の歩幅を測定することで歩行能力を総合的に評価する「2ステップテスト」など、最近ではこういった身体機能の低下を総合的に判断し、転倒リスクを判定する方法がいくつか実用化されています)。
このように、転倒は設備面の問題だけでなく、高年齢労働者自身のさまざまな身体機能の低下によって起こるため、対策が非常に難しいものになります。
私が実施した実際の対策でも、全社員に2ステップテストに類似した方法で転倒リスク調査を行いましたが、高リスク者に対して外部のスポーツジム等での身体機能の維持・向上といった対策を行うまでには至らず、結果として「床面の凸凹をなくす」「配管をまたぐための、数段のみの階段でも手すりを設置する」などといった、安全対策の強化が主体となりました。
上記のように、既に身体機能が低下した高年齢労働者の転倒災害を防止するのは、現実的にはかなり困難です。そのため、高年齢層のみの対策ではなく、若いうちから、身体機能の維持・向上のために運動習慣の定着化を図るなどの対策を実施することが、長期的にみて転倒防止へ寄与するのではないかと考えています。
事例② 高齢になっても交替勤務は継続できるのか?
2つの目の事例は「交替勤務」についてです。化学工場は24時間連続運転しているため、現場の社員は交替勤務を実施しています。高齢になると、睡眠時間や睡眠の質の低下、疲労しやすく回復しにくいことなどから、交替勤務を継続することが難しくなることは想像に難くありません。実際にどうなったか確認してみました(図2)。
図2 10年後の交替者・常昼者の人数推移(当工場データより作成)
すると驚くべきことに、10年後を比較してみると59歳や63歳といった高年齢の方でも、ほとんどの方が交替勤務を継続していることがわかりました。本人への聞き取りなどを参考に、その理由をいくつか推測してみました。
1つ目の理由は「交替勤務への慣れ」です。18歳で入社してからほぼ交替勤務を継続していることから、睡眠リズムや休日の取り方・過ごし方などに慣れているという方が多かったです。ただ、ときどき常昼勤務をすることもありますが、やはり常昼勤務のほうが楽と感じる方も多く、交替勤務による身体への負担が大きいことは間違いないことかと思います。
2つ目の理由は「身体的に負荷の高い作業が少ない」ことです。冒頭で紹介したように、工場での作業はデスクワークとパトロールが主体なので、身体的な負荷が少なく、高年齢でも交替勤務を継続できた一因と考えます。
3つ目の理由は「経験が活かされ、必要とされている」ことです。プラントでの作業は、特にトラブル対応時などはこれまでの経験や知識が活かされる場面です。また交替者は工場運転に必須ですが、常にギリギリの人数で、時に人数不足となることもあり、職場からはできるだけ長く交替勤務を続けてほしいと必要とされることが多いです。
4つ目の理由は「金銭面」です。交替者には交替手当が出ることなどもあり、金銭面を理由にあげる方も少なくありません。
このように、加齢により負担が増す交替勤務を継続できていることは、高年齢労働者が働きやすい職場を考えるうえで大きな参考になるものと思います。
高年齢労働者が働きやすい職場とは
加齢により、さまざまな身体機能は低下します。それに伴い転倒災害が増加したり、また、身体的な負荷が特に強い職場では、勤務の継続が難しくなったりすることがあるかもしれません。
しかし、高年齢労働者の強みもあります。それは、知識と経験です。
本稿では高齢化に焦点を当ててお話ししてきましたが、一方で少子化が進み若年層は人員不足であり、多くの企業で十分な技術伝承が行えていないと思われます。そういった場面で、高年齢労働者が自身の知識と経験を活かせると、高年齢労働者にとってのモチベーションに繋がり、働きやすい職場となります。
一方で、高年齢労働者にこれまでの知識や経験があまり活かせない不慣れな業務を担当させてしまうと、「新しいことを覚える」といった能力が加齢により低下していることもあり、メンタル的に不適応を起こすことがあるため、非常に慎重に検討する必要があります。
また、身体的に負荷が強い作業は高年齢労働者には向いていませんが、作業の内容を見直したり、補助器具などを用いたりすることで、業務を継続することは可能です。
たとえば、重量物作業であれば法令等の解釈では男性では20~25㎏まで人力で持ってもよいことになっています。しかし、加齢により筋力が落ちるので若年者と同じ重量では身体への負担はより大きくなります。
そこで、一度に持つ重量を5~10㎏となるように作業方法を見直したり、バランサーなどの補助設備を導入したりすることによって身体負荷を軽減すれば、高年齢労働者でも継続して働くことが可能になります。
こういった対策は、高年齢労働者だけでなく、若年層にも有効な対策です。重量物作業では腰痛の労災を起こしやすいですが、最も発生頻度が多いのは実は20代~30代ですので(筋力に任せ不良姿勢のまま持ってしまうためと考えられます)、上記のような対策を取ることで若年層の労災対策にもなります。
このように高年齢労働者対策は、高年齢層のみを対象に考えるのではなく、若年層を含めて対策を考えることが有効になります。
それはつまり、高年齢労働者が働きやすい職場というのは、あらゆる世代が働きやすい職場になると思いますので、職場全員で働きやすい職場を目指すことが、最も重要なポイントであると考えます。
参考文献
[1]厚生労働省「職場のあんぜんサイト:労働災害統計」
「高齢者の特性に配慮した「エイジフレンドリー職場」を目指して」もくじ
著者プロフィール
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三井化学株式会社 大牟田工場 専属産業医
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