レポート#2 産業保健スタッフとしての災害への備えと対応
2022年9月29日~10月1日、北海道・札幌コンベンションセンターにおいて第32回 日本産業衛生学会 全国協議会が開催されました。
本記事では「#1 360度動画を用いたVR職場巡視体験実習」に引き続き、保健師・中村 彩さん(株式会社 電通)によるレポートを掲載します。
シンポジウム「産業保健スタッフとしての災害への備えと対応」
新型コロナウイルス感染症によるパンデミックを産業保健師2年目の新任期で経験し、組織と産業保健職の連携を目の当たりにしました。社会を襲うさまざまな危機がある中、特に地震や台風による自然災害も多い日本においては、いつ健康危機に直面し対応を迫られるかわからないと感じています。
産業保健師としての今後のキャリア形成において、健康危機発生時も専門性を発揮できる保健師になるために自身が備えておくべきことを考えたく、本レポートで紹介するシンポジウム2「産業保健スタッフとしての災害への備えと対応」と、特別講演1「新型コロナウイルス感染症の流行状況の分析と中期および長期のインパクト」(演者:西浦 博/京都大学大学院医学研究科)に参加しました。
さまざまな危機に対応するために備えておくこと
昨今、パンデミックを皮切りに健康危機管理体制への関心が高まっていますが、産業保健職はオールハザード・アプローチによる管理体制に基づき、パンデミックのみならず自然災害や大規模事故、テロ等のさまざまな危機に対する対応が求められます。
特に健康危機発生時は平時に潜在化しているリスクが顕在化し、時には暴露量やリスクを確実に把握できない段階で対応していくことも求められるため、産業保健職は特に下記の3点について平時から備えておくことが重要であると、立石先生・吉川先生の話から考えました。
1.発生しうる健康障害を予防的視点で予測すること
立石先生の講義から、特に健康危機発生直後は、復旧作業や被害を最小限にしながらの事業継続が求められやすく、従業員は曝露のリスクが十分に把握できない中で働く状況が考えられます。
産業保健スタッフ向け危機対応マニュアルの「産業保健ニーズ一覧」[1]を参考に、想定されるリスクや産業保健職が果たすべき役割を具体的に「見える化」しておくことは、リスクを迅速に評価し、系統的に災害対応や組織支援を推進することに繋がると理解しました。
そして、組織・集団のリスクアセスメントは、組織の安全・衛生に関するさまざまな情報を集約して対応を検討していくため、日々の産業保健活動を通じて得た情報を確実に把握していることが大前提となると実感しました。
2.組織と一丸となって臨機応変な対応を進めること
臨機応変な対応の実現には、平時から産業保健職が組織の一員としての役割を適切に認識し、一貫性をもって業務を遂行することにより、専門職としての信頼が得られていなければ難しいことを痛感しました。
なぜなら、健康危機発生時は、業務をはじめ個人の生活等も含む様々なことに対する見通しが立たず、不安や混乱が生じるため、科学的根拠に基づいた対応を、組織と手を取り合って進めることが求められます。そして、組織・チームとの連携には、平時からの体制構築やコミュニケーションが要となることが、各シンポジスト・講師の話から伺えました。
特に健康危機発生直後は、被害の蔓延防止や二次災害に対する予防的介入に向けて、タイムリーに施策を展開しなければならない場面が多数あります。
そのような状況に対し、平時から意思決定を担う立場(事業主・BCP関係者等)とは一方的なコミュニケ―ションではなく意見交換できる関係・体制を構築しておくこと、それに加え産業保健職が意思決定を支援できる関係にあることの二つが極めて重要となると理解しました。
3.健康危機発生から復興まで、フェーズに応じた中長期的な支援を継続できること
健康危機発生時の対応は基本的に、限られた産業保健職により通常業務と並行して進めていくことが求められ、それがいかに大変なことか熊本県菊池保健所の劔先生による保健所活動報告から想像しました。
中長期的な支援を継続的に実現するためには、優先順位や業務における産業保健職の役割を精査し、チームで分担、時には組織・他職種と連携して進められる風土を日々の産業保健活動を通じて醸成しておくことが欠かせないと感じました。そして、膨大となる業務の定型化・効率化を図り、持続性と実行可能性を踏まえて支援していくことは、産業保健職自身の健康を守り、組織の事業継続を支えていくことに繋がると理解しました。
学会参加前に抄録を読み、「新任期保健師が主体的に考えて実践に落とし込むのはむずかしいのではないか」と想像しておりましたが、健康危機への備えは、特別な知識・技術の獲得や新しく何かに挑戦することではなく、職業倫理感を基本として組織での立場や役割を全うしながら、自身が携わっている業務を見直していくことだと感じました。
特に吉川先生の「産業保健専門職のコンピテンシー」の話を伺い、担当業務を通じて個人・集団のアセスメント能力向上に努めることや、組織と連携して業務を遂行するためのコミュニケーション能力・コーディネート力を高めるなど、自身の産業保健活動や課題を見直すきっかけとなりました。
健康危機発生時は、定例的に実施している施策(健診および事後措置、職場巡視、過重労働面談等)や関連業務など、日々の業務から得られる情報を統合してリスクを精査するため、業務を通じて把握した情報や実態を適切に管理・集約しておくことが災害対応や復興に向けた組織支援に直結すると学びました。
そのため、日々の産業保健活動のブラッシュアップに心掛けることが、健康危機発生時のリスクを低減させ、系統的な業務に繋がる最も重要な備えになると実感しました。
おわりに:幅広い知識の習得と実践能力の向上に努めるために
学会は講演・シンポジウム・実地研修等のさまざまなプログラムに参加でき、業種・業態が異なるさまざまな事業場の取り組みを多岐にわたって学ぶことができるため、一つ一つのプログラムで学んだことを紐づけながら振り返り、より理解を深めることができました。
そして、具体性の高い情報や知見が得られることは、単に知識・技術の獲得に繋がるだけでなく、自己課題や自組織の取り組みを客観的に振り返ることもできるため、貴重な機会であることを実感しました。すべての労働者および事業者を対象とし、双方へ質の高い産業保健サービスを提供できる産業保健職を目指して、今後も積極的に学会に参加し、幅広い知識の習得と実践能力の向上に努めたいと思いました。
参考文献
[1]産業保健ニーズ一覧/産業医科大学 産業医実務研修センター「危機事象発生時の産業保健ニーズ~産業保健スタッフ向け危機対応マニュアル~」より
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