第97回 日本産業衛生学会「変革期における産業保健のアイデンティティ」
レポート#1
テーマは「変革期における産業保健のアイデンティティ」
2024年5月22日~25日、広島市・広島国際会議場と中国新聞ビルにおいて、第97回 日本産業衛生学会が開催されました(企画運営委員長:真鍋憲幸氏/三菱ケミカルグループ)。
産業保健を進める中で直面する、さまざまな課題が取り上げられました。参加者各自が関心をもつ領域の、最新の知見が豊富に得られる、活気に溢れた3日間となりました。
第97回 日本産業衛生学会創立100年は目前 産業保健の知見が一堂に介する
日本産業衛生学会(理事長:森 晃爾氏/産業医科大学)は、日本において最も長い歴史を持つ、産業衛生に関する最大規模の学術団体である。日本医師会および関連諸学会と連携して本分野の人材育成に積極的に取り組むなど、産業衛生の質の向上を目指している。
今回で第97回となる本大会は「変革期における産業保健のアイデンティティ―サイエンスに基づく組織と労働者の両立支援―」をテーマに掲げ、現地には約4,000名を超える参加者が集った(オンデマンド期間を含めた総登録者数は約5,300名)。本レポートでは、3つのシンポジウムを取り上げる。
メインシンポジウム1「関東大震災から100年、過去事例を踏まえた未来志向の災害時の産業保健のあり方」
本シンポジウムは、2028年に迫る「日本産業衛生学会100周年」に向けたカウントダウン企画として設けられた。災害大国・日本における災害産業保健の過去100年の対応を振り返り、南海トラフ巨大地震等を迎え撃つための災害産業保健体制を今後どのように構築していくか、各分野の専門家が登壇し、考察された。
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座 長
森 晃爾 氏(産業医科大学産業生態科学研究所産業保健経営学研究室)
久保達彦 氏(広島大学 大学院医系科学研究科 公衆衛生学) -
災害医療活動の変遷と産業衛生
近藤久禎 氏(国立病院機構DMAT事務局) -
災害公衆衛生の100年
尾島俊之 氏(浜松医科大学 健康社会医学講座) -
福島第一原子力発電所事故と災害産業保健
菊地 央 氏(東京電力ホールディングス(株)本社健康管理室) -
災害産業保健の100年
立石清一郎 氏(産業医科大学 産業生態科学研究所 災害産業保健センター)
最初に、災害派遣医療チーム(DMAT)活動の中心で活躍する近藤久禎氏が登壇。阪神・淡路大震災で発生した「避けられた災害死」を受けて発足したDMATの活動が、過去の災害を経てどのように変遷したかを紹介した。DMATの目的は、救急医療の提供だけではなく、災害により傷ついた被災地の医療提供体制の構築を支援し、守っていくことだとした。
尾島俊之氏は、災害産業保健の過去100年の歴史を振り返った。特に取り上げられたのは関東大震災(1923年)、伊勢湾台風(1959年)、阪神・淡路大震災(1995年)、そして東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)、能登半島地震(2024年)である。これらの災害に携わった多くの先人が、災害対策を行う際には「本部」をつくり、支援者を組織化しながら対応を進めてきたことが、歴史の事実として示された。
菊地 央氏は東日本大震災時の福島第一原子力発電所の事故に携わった経験を紹介。混乱が非常に大きい中、医療体制の整備や、産業保健の観点で生じる課題に対してどのように対応したかを詳らかにし、この「1F事故」が「災害産業保健」という概念形成に与えた影響を示した。混乱期に適切な産業保健活動を展開できる体制維持は事業者単体では困難であり、災害産業保健専門チームと、平時の現場の実情に詳しい産業保健スタッフとの連携が有効かつ現実的だとした。
立石清一郎氏は、菊地氏が紹介した福島第一原子力発電所の事故のような「放射線の問題」があるような事態でも、災害産業保健においては作業者や関係者に放射線以外の問題が出てくるとし、これらに対応するには通常のリスクアセスメントが欠かせず、災害産業保健は総合的な産業保健の能力が必要であるとした。さらに、令和6年能登半島地震での取り組み、特に災害対応職員への即時入力対応システム(行政職員版J-SPEED)を導入した対応などを共有し、今後100年を見越した災害産業保健体制の整備の構想と現状の課題を示した。
災害時に備えた、平時からのネットワーク作りが大切
ディスカッションでは災害産業保健の遂行に必要なものが論じられた。ここまでの各講演でも示されたとおり、事業者単独で災害時のすべてに対応することは困難であり、さまざまな組織や人々が助け合わなければままならない。いざという時に備えるためには、平時からのネットワーク作りが大切であることが示唆された。
座長の森 晃爾氏はシンポジウムのまとめとして、災害に対応できる体制や技術が大切だが、産業保健職が、復興に尽力し被災者支援にあたる「人」を支援する立場であることを考えると、「心」の問題に対応できることがきわめて重要であるとした。今回のシンポジウムをスタートとし、100年先の未来を見据えた「災害産業保健」の構築に向けて、一緒に歩みを進めてほしいと参加者にメッセージを送った。
シンポジウム15「企業における両立支援の新たな展開~社内ピアサポーターの効果を考える~」
治療技術の向上により、何らかの治療を受けながら働く「がんとともに生きる人」が増えており、企業内での両立支援への取り組みはますます重要になる。本シンポジウムは両立支援をがん患者の身近なところでサポートする「社内ピアサポーター」の取り組みを中心に進められた。
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座 長
大津真弓 氏((合)ひまわり、(一社)CSRプロジェクト)
桜井なおみ 氏((一社)CSRプロジェクト) -
企業内ピアサポーターの存在意義と価値 ~WorkCan'sの活動を通じて~
桜井なおみ氏((一社)CSRプロジェクト、キャンサーソリューションズ(株)) -
両立支援における企業内ピアサポーターのコンピテンシー
平井 啓 氏(大阪大学大学院人間科学研究科) -
三菱ケミカルグループにおける社内ピアサポート活動(All WorkCAN's)の現在地
山本香織 氏(三菱ケミカルグループ(株)) -
企業人事の立場からの両立支援のサポート体制と周知(弊社の取組事例ともに)
三田 明 氏(大鵬薬品工業(株)) -
企業内ピアサポート「がんを経験した社員によるコミュニティ」~6年間の活動報告
金室麗子 氏(アフラック生命保険(株)) -
医療機関の両立支援コーディネーターからみたピアサポートの有用性
豊田章宏 氏(労働者健康安全機構 中国労災病院)
座長も務める桜井なおみ氏が最初に登壇。「WorkCAN's」(「Work(働く)」「Cancer(がん)」、働くがんサバイバーができることの「Can」を組み合わせた「働くがんサバイバー」を表した言葉)の取り組みを紹介した。桜井氏は働く世代とがんの現状や、がんと診断された人の心身の変化を解説し、身近な相談先を担う「企業内ピアサポーター」が、今後あらゆる企業で必要とされ、ダイバーシティ&インクルージョンの先にあるものを実現するうえで価値が高いとした。
続いて平井 啓氏は「企業内ピアサポーター」に求められるコンピテンシーを解説。航空業界での航空機墜落事故のピアサポート活動は、同職種・同僚だからこそできる支援としてデザインされている。これを踏まえて、両立支援における企業内ピアサポートも、がん患者に近しい存在が務め、「ヒントを出す」という意思決定支援をするだけでも大きな助けになるのではないかとし、企業内ピアサポーターのコンピテンシーが示された。
企業内ピアサポートを実施している企業から、山本香織氏、三田 明氏、金室麗子氏が登壇。山本氏は「All WorkCAN's」の社内展開活動、三田氏はすべての社員に対応可能な制度設計とその周知方法、金室氏はがんサバイバーコミュニティの活動報告を中心に、それぞれ紹介した。
最後に、医療機関の両立支援コーディネーターの立場から豊田章宏氏が講演した。病院内ではチーム医療で非常に手厚いサポートが行われるが、退院した後は途端にがん患者が一人になる。患者が生活を送る中で、「労働」の実態も把握している社内ピアサポーターが両立支援に果たす役割は非常に大きいとした。
長期雇用と両立支援
ディスカッションでは、今後ますます長期雇用が増えることから、企業も「死亡退社」を経験することが予測され、そのような状況を迎えるからこそ「人を人として扱う」ことが改めて問われるようになると示唆された。
また、企業内ピアサポートの活動をどのように社内で立ち上げ、周知していくかといった実践的な内容が、登壇者の経験をもとに語られた。
今後の開催情報
次回、第98回 日本産業衛生学会は、2025年5月14日~17日の会期で、仙台国際センター展示棟、川内萩ホール(東北大学)などを会場として実施することが発表されている。なお、今年10月には第34回 日本産業衛生学会全国協議会が開催される。
第34回 日本産業衛生学会全国協議会(公式サイト)
- テーマ:一歩先の産業保健を切り拓け! ~過去から未来への懸け橋に~
- 会 期:2024年10月3日(木)~10月5日(土)
- 会 場:かずさアカデミアパーク(千葉県木更津市)
- 開催方法:現地開催および後日オンデマンド配信
第98回 日本産業衛生学会(公式サイト)
- テーマ:持続可能でよりよい世界を目指す産業保健
- 会 期:2025年5月14日(水)~17日(土)
- 会 場:仙台国際センター展示棟、川内萩ホール(東北大学)、青葉山公園仙臺緑彩館、仙台市博物館
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