オピニオン/保健指導あれこれ
産業保健分野の保健指導の実践者と法
日本産業保健法学会 広報委員会(日本産業保健法学会)

No.2 産業保健の現場で起こっている事例の紹介

日本産業保健法学会 広報委員会
委員長:森 晃爾
副委員長:田中 克俊、小島 健一
主幹:井上 洋一、梶原 隆芳

~はじめに~
「パーソナリティや発達の問題が窺われる従業員への適正な対応の在り方」

 日本産業保健法学会では、産業保健に関する問題の未然防止と事後解決を探究しています。今回は、「パーソナリティや発達の問題が窺われる従業員への適正な対応の在り方」をテーマとして、裁判事例と産業保健分野におけるリーガルマインドを紹介します。

「O公立大学法人事件(京都地判平28.3.29)」

 参考となる裁判事例として、大学がアスペルガー症候群(自閉スペクトラム症)の診断を受けていた准教授を解雇したものがあります。

 准教授には、職員を土下座させたり、銃刀法違反で現行犯逮捕されたり等多数の問題行動がありましたが、裁判所はこの解雇を法的に無効と判断しました。

 判決は、合理的配慮提供義務を定めた障害者雇用促進法の理念や趣旨から一定の配慮が求められるところ、ジョブコーチの支援等を検討した形跡すらなく雇用継続の努力が限界を超えていたとはいえないとしたのです。

「救済」と「ケジメ」の法的根拠

 このような事例では、産業保健スタッフや人事労務担当は、法律論として、「救済」の根拠と「ケジメ」の根拠の両方を押さえることが大切です。

 そもそも日本では、労働者の解雇には民事裁判において厳しいハードルがあります。さらに近年、障害者雇用促進法が改正され、障害のある労働者の個々の特性に応じた就労支援策を講じるべきとする「合理的配慮」の提供義務が定められる等、障害者の就労機会の拡大を求める法整備が進んできています。

 特に発達障害については、発達障害者支援法等も背景に、積極的な配慮が求められており、「救済」の法的根拠はますます強くなっています(図1の左側)。

 他方で、法には社会の秩序をつくり維持する役割があるため、一定の支援のもとで長期間経過しても雇用契約に沿った働きができない労働者に対しては、いわば「ケジメ」の根拠も提供しています。

 就業規則において、常識的な療養期間の休職制度と共にそれが経過した場合の退職措置を定めておけば、概ね有効と解されています。契約の趣旨に沿った働きができなければ契約は解除され得るという原則は維持されているわけです(図1の右側)。

 「救済」と「ケジメ」の関係は、「太陽と北風」、また母性的(支持的)なアプローチと父性的(秩序的)なアプローチにも例えられますが、法を俯瞰してみれば、適正な産業保健においてもその両面が重要となります。

図1「私傷病者への対応」

 

問題を切り分けるヒントとは?切り分けを適正に行うことが重要

 そうすると、「救済」と「ケジメ」のどちらで行くのか、「太陽と北風」の切り分けを適正に行うにはどうしたらいいのかが問われます。現場で対応を悩んでいるケースについては、この切り分けがなされていないことが多いです。

 適正な切り分けのためには、疾病性と事例性を確認する手続を履行し、就業規則等で合理的なルールを設定して公正に運用することが求められます。そして、就業規則等を根拠に本人の問題行動の修正を促しつつ、職場への適応の支援のプロセスを重ねることが重要です。

 適応の支援のための合理的な手続を尽くした上であれば、「救済」ではなく、「ケジメ」の問題として切り分けができることになります(図1の下側)。

 「救済」の法的要請が強まっており、現場は混乱することが多いですが、産業保健スタッフや人事労務担当は、このような手順を誠実に踏む作業を通じて、問題を適正に切り分けることが求められています。そして、人と仕事のマッチングが産業保健の重要な機能になっていることから、プロセスのどの段階をとっても多職種の連携・協働が必要となっているといえます。

~おわりに~
2021年3月開催!「第1回研修講座」のお知らせ

 上記事例でも、准教授の疾病の特性に配慮する手続を尽くすとともに、配慮の事実を証拠化しておくことが重要でした。ハードルが高いと言われる解雇であっても、問題行動への指導や指摘を繰り返し、改善の機会を十分に与えていたのであれば、解雇は法的に有効と判断されたでしょう。

 そもそも、それだけの手続を尽くしていれば、訴訟にまでならなかった可能性が高いですし、准教授自身も、職場に適応し、研究者として多大な貢献ができていたかもしれません。そのため、産業保健スタッフや人事労務担当等、働く現場の問題に関わる方々がリーガルマインドを養うことは、問題の未然防止と事後解決がスムーズに果たされ、納得いく職業生活を送る人々を増やすことにつながるといえます。

 日本産業保健法学会では、このような現場問題解決の考え方を学ぶことができる研修講座も多数予定しております。また、研修会等で単位を取得して試験に合格した会員に対しては、産業保健法務主任者(メンタルヘルス法務主任者)資格を付与しております。法務を中心に関連分野の実践的な知識を総合的に学び、現場問題解決力を身に付けたことを認定する学会資格です。

 直近では、2021年3月6日(土)に「第1回研修講座」がオンライン開催されますので、ぜひ多くの方々の参加をお待ちしております。

~「日本産業保健法学会 第1回研修講座」のお知らせ~

〇開催予定日:2021年3月6日(土)
〇会場:オンライン

〇認定単位:日本産業保健法学会が認定する以下の2種類の資格の単位です。1時間1単位、最大5単位となります。
(1)産業保健法務主任者(メンタルヘルス法務主任者)
(2)上級産業保健法務主任者(上級メンタルヘルス法務主任者)

★お申込みは下記ページにて受付中です。
日本産業保健法学会「第1回研修講座」

「第1回研修講座」詳細ページ
日本産業保健法学会
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著者プロフィール

  • 委員長:森 晃爾</br>副委員長:田中 克俊、小島 健一</br>主幹:井上 洋一、梶原 隆芳
  • 委員長:森 晃爾
    副委員長:田中 克俊、小島 健一
    主幹:井上 洋一、梶原 隆芳
    日本産業保健法学会 広報委員会

    ■No.2「産業保健の現場で起こっている事例の紹介」
    主執筆者:井上 洋一
    愛三西尾法律事務所、代表弁護士

    【経 歴】
    2002年3月:東京大学教養学部卒業
    2005年3月:東京大学大学院総合文化研究科修了(学術修士)
    2007年3月:名古屋大学法科大学院修了(法務博士)
    2007年12月:最高裁判所(司法修習生)
    2009年1月:坂口法律事務所
    2012年4月:愛三西尾法律事務所~現職
    2020年:日本産業保健法学会 広報委員会 主幹

    愛三西尾法律事務所
    日本産業保健法学会

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