No.1 新型コロナウイルス感染症に対応する難しさ
新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は、行政・自治体・企業、地域等の活動から個人の生活に至るまで、さまざまな問題を露わにしてきました。働く人や職場ごとの問題も浮き彫りになり、産業保健活動を通じて対応すべき、さまざまな課題が明らかになっています。
1. 対応策には正解がない?
保健所機能のひっ迫によって、濃厚接触者の追跡を省略する自治体が出てきました。それに伴い、産業保健専門職がこの役割を担う必要に迫られるケースが発生しています。 職場内でのクラスター発生防止のために、産業保健専門職の立場で濃厚接触者の特定を要求された場合、対応は容易ではありません。自治体による積極的疫学調査のように、たしかな権限を持たないため、職場の関係者からヒアリングを行うハードルは高いです。
もし、濃厚接触者と判断した関係者から新型コロナ感染が確認された場合、病者個人のプライバシーを保ちながら、休業措置や消毒作業を行うことも難しいものです。 健康管理に関する個人情報を取り扱う「健康情報管理」とのバランスに悩むこともあるでしょう。職場でのいじめ・嫌がらせに発展しないか、懸念されることもあります。
そして、濃厚接触の可能性があると思われる関係者にPCR検査の実施や自宅待機を求めた場合、個人の暮らしは一定期間、想定外の不自由を強いられることになります。それをきっかけにして、夫婦間や親子関係に困難を抱え込むケースも出てきます。
平常時の産業保健活動で主となるのは、定期健康診断やストレスチェックです。これらは基準値が明らかにされ、結果の判定から事後措置まで、法令によってフローが定められています。 ところが、新型コロナではワクチンの供給はこれからであり、対症療法は実施できても、たしかな抗ウイルス薬はまだありません。したがって、絶対的な手立てがない(つまり「対策の正解」がない)ために、対応をより難しくしています。
2. 事業場トップや関係部署との対話が進まない?
皆さまは、これまで産業保健専門職として、総括安全衛生管理者にあたる事業場トップや経営層、関係部署の責任者・担当者と、新型コロナに関する対話や情報交換を定期的に実施してこられたでしょうか?
新型コロナの流行は、企業等にとって事業継続を妨げる障害となってきました。事業を展開する責任を負う事業場トップや経営層、関係部署の方々は、医学的な素養を持たない人がほとんどです。企業の意思決定者が新型コロナを適切に理解していない場合には、感染状況による事業活動の一時的な縮小や再開の判断を誤ってしまうかもしれません。
そうした方々が適切な知識を得られる相手は、産業保健専門職以外にありません。日頃から一緒に働く産業保健専門職であれば、トップや経営層等の人たちも気軽に相談できるでしょう。 産業保健専門職は、平常時には事業者責任を核として、職場の有害物質や有害作業による健康影響を最小化し、高齢化しつつある働く人の健康問題発生の防止や、職場への適応促進などを求められてきました。改正労働安全衛生法の施行によって、産業医の権能強化が謳われ、働く人一人ひとりの就業上の措置等に関する意見具申をよりていねいに行うことが必要です。 しかしながら、これらの活動に「事業継続のための助言」という観点はありません。
新型コロナへの対応では、たとえば高年齢労働と同様に、労働安全管理や人事労務管理部門といった関係部署との連携が欠かせません。この場合の「連携」とは、情報を共有するだけでなく、問題への対応策の目的・目標をすり合わせていくことです。 新型コロナでも、連携する習慣のない企業や自治体では有効な対応策が進みにくいという現実があります。新型コロナをきっかけに「連携」を見直すことで、事業継続性の向上にも貢献することも一案ではないしょうか。
3. 働く人に正しい情報が伝わらない?
健康に関する正しい知識とスキルを元に、正しく予防・治療に向かうための「ヘルス・リテラシー」が注目されて久しいです。ところが、ほとんどの働く人にとって、日々更新される新型コロナの情報は難解です。
たとえば、新聞やテレビ、ネットニュースでは、都道府県ごとの新規感染者数が報じられ、その増減が強調され続けています。現実には、PCR検査等で新型コロナと診断され、自治体等による公表時点で把握された数が集計されているに過ぎず、数値ばかりに振り回される意味はほとんどありません。
しかし、これを無視できない要因の一つにメディア側の台所事情もあります。テレビでは視聴率、インターネットではクリック数を上げることがビジネス的に最重要であることから、人々の耳目を惹きやすいネガティブな情報を強調しがちです。働く人は感情を揺さぶられ、適切な行動や対処に結びつくバランスの良い理解が得られにくくなってしまいます。
新型コロナの流行開始から1年以上が経った現在でも、症状のない感染者が多数存在すること、発症前にも感染させてしまう可能性があり、PCR検査で陰性であっても感染が否定できるわけではないことといった、産業保健専門職であれば「常識」と思われることを、いまだに知らない方も少なくありません。
こうした正しい知識(ヘルス・リテラシー)を得る機会がない働く人は、メディアの情報を受け取るしかなく、予防や対処のために適切なリテラシーを発揮することができないのです。産業保健専門職にとって「常識」であっても、少々“くどい”ぐらいに基本的な事項を発信し続けるほうが、感染症に強い事業所に近づけことができるのではないでしょうか。(次回につづく)