No.1 産業保健看護職の自己研鑽の基盤づくり
産業保健看護マトリックス研究会の歴史
産業保健看護マトリックス研究会は、1985年11月に日本看護協会保健師部会事業所小委員会で「産業看護事例研究会」として発足しました。その後、2回の名称変更を経て、2006年から「産業保健看護マトリックス研究会」となりました。
当研究会では、現場の産業保健看護職が持ち寄る事例に対し、月1回の事例検討を積み重ね、37年間にわたり継続しています。発足から5年間の研究成果を、1991年に『産業看護 問題解決事例演習』[1]として出版したほか、2016年には保健指導リソースガイドの本欄(オピニオン)で 『振り返ると31年経過していた産業保健・産業看護の研究会』(富山明子 著) として紹介しています。
本稿では、2010年から開発に取り組んだ「産業保健看護職向けのスキルチェックリスト」と、チェックリストを活用した産業保健看護職の自己人材育成についてご紹介します。
新任期ワーキンググループの合宿でのひとこま
産業保健看護職の自己研鑽の必要性と、乏しい教育機会
産業保健看護職の特徴を簡潔に表すと、「絶えず変化する組織に対して、看護という専門領域から個人や組織に対して機能するための職種」です。求められる職能を遂行するためには、自己研鑽が欠かせません。
しかし、保健師助産師看護師学校養成指定規則に定められた教育内容には、公衆衛生看護学(産業看護含む)は含まれておらず、多くの学校では地域・在宅看護論の中で取り扱われているのではないかと思われます。そのため、事業所などに入職した際、産業看護を学んでいない人が半数以上はいるのが実態です。
2017年に実施された調査「保健師教育課程における産業保健看護に関する教育体制の実態」[2]によると、日本看護系大学協議会の会員校(254校)のなかで、保健師教育を行っているのは234校。そのうち回答があった80校では、
- 産業看護に関する講義・実習を行っている:40校
- 学校保健と併せて実施している:7校
- 教科目の中の1単元として実施している:49校
とのことでした。つまり、現状(2022年まで)の看護基礎教育において産業保健について学ぶ時間は、1単位から多くて2単位(実習含む)ということです。産業領域で働く保健師が増えてきた現状を鑑みれば、教育機会が非常に限定的といえるでしょう。
大多数の産業保健看護職は、入職後に「一人」もしくは「少人数」の職場に配置されることが多く、身近に指導者がいません。しかしながら、たとえ経験が浅くても、現場の管理職等からは「独り立ちした看護専門職」として、健康診断や保健指導などの直接的な業務だけでなく、それらの実務を活かして組織に展開していくための役割も期待されます。
専門職の上司もいない「一人職場」「少人数職場」では、系統的な自己能力向上や育成の体制が十分整っているとはいえません。産業保健看護職向けの教育を実施しているいくつかの看護職能団体はありますが(表)、セミナーや集合教育が多く、個別に指導を受けられる体制は、産業保健総合支援センターなどでの個別相談以外、少ないのが現状でしょう。
表 産業保健看護に関し、教育を実施している代表的な産業保健関連団体
団体名 | 関連団体URL(2023/4/1現在) |
---|---|
公益社団法人 日本看護協会 |
https://www.nurse.or.jp/nursing/education/index.html
https://www.nurse.or.jp/nursing/hokenshi/kyoiku/index.html |
公益社団法人 日本産業衛生学会 産業保健看護専門家制度委員会 |
https://www.sanei.or.jp/hokenkango/ |
一般社団法人 日本産業保健師会 | https://sangyohokensi.net/ |
労働者健康安全機構 都道府県産業保健総合支援センター |
https://www.johas.go.jp/
https://www.johas.go.jp/shisetsu/tabid/578/Default.aspx |
自己研鑽の基盤づくりと、チェックリスト
産業保健看護職の大多数の方は、身近に相談できる人がいない中で、悩みながら現場での業務に取り組んでいるのではないのかと思います。スキルは、知識だけでなく現場での実践(経験)を積み重ねて獲得できるものです。短期に身につけられるものもあれば、時間をかけ、身につけていくものもあります。
業務を通じて目の前の課題を解決しながら、さらにステップアップ(自己成長)を図っていくために貢献できるツール開発が求められていました。
そこで当研究会では、自己の現有能力(スキルインヴェントリー)を確認しつつ、自己課題に対してスキルアップが図れるようにするための、スキルチェックリストの開発に取り組みました。一人職場でもセルフチェックができ、上司や先輩保健師等がいる場合は一緒に評価ができる「チェックリスト」があれば、きっと現場の産業保健看護職に役立つと考えてのことです。
冒頭でご紹介したように、産業保健看護マトリックス研究会では、一人では解決困難な現場の事例の解析を通じ、問題解決能力を育成するための事例検討を積み重ねてきました。
事例解析は、当研究会で開発した「L型マトリックス表」(図1)を用いて1つの事例から、1つの管理課題、5つの管理ポイントを導き出します(図2)。「管理ポイント」とは、われわれが現場の問題(課題)を解決していくときの産業保健看護職としての視点になります。機能とは、業務のまとまりと理解していただくと良いでしょう。
事例から導き出された「管理ポイント」を質問項目に置き換えたものが、産業保健看護に求められるスキル項目となり、現場の業務と結びつけやすくなっています。チェックリストの掲載項目は、このようにして選定しました。
具体的な内容は「新任期スキルチェックリスト活用の手引き」の巻末参考資料、「産業保健看護職の組織・基本機能(管理機能)と職務内容」をご参照ください。
チェックリスト・手引きはこちら
新任期スキルチェックリスト活用の手引き
中堅期スキルチェックリスト活用の手引き
チェックリストをご活用いただいてのご意見・感想、ご質問については、下記にお寄せください。
問い合わせ先:中堅期WG 事務局 齋藤明子(ohn.matrix★gmail.com)
※上記メールアドレスの★を「@」に変更してご連絡ください
※ご回答までに少々お時間がかかりますことをご了承ください。
参考文献
[1]北尾誠英, 富山明子, 他: 産業看護問題解決事例演習第1版. 日本看護協会出版会, 1991.
[2]吉川悦子, 澤井美奈子, 掛本知里:保健師教育課程における産業保健看護に関する教育体制等の実態. 産業衛生学雑誌, 61(1): 16-23, 2019.
[3]北尾誠英: 看護管理のイノベーション第1版. 日総研出版, 2008.
[4]北尾誠英, 吉田浩也, 小澤幸夫:企業経営の生理学 デシジョンメイキングシステム. 垣内出版株式会社, 1990.
[5]Robert L.Katz: Skills of an Effective Administrator. Harvard. Business Review, 33: 33-42, 1955.
[6]P・ハーシー, K・Hブランチャード, D・Eジョンソン著, 山本成二, 山本あずさ 訳:入門から応用へ行動科学の展開(新版), 生産性出版, 2000.
[7]柴田喜幸 編著: 産業看護職のためのキャリアアップに活かせる30のスキル. 産業保健と看護2022年春増刊, メディカ出版.
[8]畑中純子ほか: 特集2 産業看護職の教育体制. 産業保健と看護, 15(1): 49-78, メディカ出版, 2023.
「一人職場の産業保健看護職のための自己育成計画によるキャリア開発への期待」もくじ
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