オピニオン/保健指導あれこれ
職域でのアルコール指導・減酒支援、多職種・チーム連携

No.1 「飲みニケーション」は有効か?

AGC株式会社鹿島工場 産業医、健康管理センター所長
田中 完

 提供  大塚製薬株式会社

産業医として見過ごせなかったアルコール問題

アルコール問題に取り組み始めたきっかけを教えてください。

田中産業医としてのスタートは、とある製鉄業の企業でした。従事する中で、他のメンタルヘルスの問題と比べても、アルコール依存症が疑われる社員の対応はなかなか大変だという実感を持つようになりました。

 アルコール依存症で産業医が留意すべき事柄について詳しく記したものに、産業医科大学の廣 尚典先生らが作った『アルコール依存症例の職場復帰支援マニュアル』があります。マニュアルでは復職にあたっての確認事項の一つとして「本人が断酒の必要性を認識し、かつその時点で継続できていること」[1]と示されています。
 しかし、しばらく断酒できても経過観察中に再飲酒してしまい、休職満了に伴って退職に至る事例を見てきました。断酒していたアルコール依存症の人たちが再飲酒することを「スリップ」と言うのですが、他のメンタルヘルスの病気と比べて改善の成果が上がらず、重症例も多いように感じていました。成功例といえば、家族や行政の社会福祉担当者、近所の人まで総出でサポートして、ようやく断酒できたような大変な事例ぐらいです。

 そのようなとき、熱心にアルコール依存症の問題に取り組まれている、かすみがうらクリニック(三重県四日市市)の猪野亜朗先生らが主宰する勉強会に参加するようになりました。これは精神科医や内科医、救急医、産業医などが集まり、各分野で世話人を立てて当番制で事例を報告するという画期的な勉強会でした。まさにアルコール依存の問題を、精神科医だけではなく多様な分野で支え、考えていこうという動きが出てきたころです。
 そこで私は産業医分野の世話人を頼まれました。もともと問題意識があったこともあり、この勉強会をきっかけにアルコールの問題に深く関与するようになっていったのです。

 当時は、アルコール健康障害対策基本法の制定に向けて各学会が活発に動いているときで、私も産業衛生学会の一員として廣先生らと活動を共にしていました。それがきっかけで、廣先生から肥前精神医療センターの杠(ゆずりは)岳文先生を紹介されました。杠先生はアルコール依存症になってから断酒するのはハードルが高いため、その前段階から早期介入する減酒支援のプログラムを開発していて、職域での効果について実証実験するフィールドを探している、とのことでした。
 そこで私の職場で協力し、健診時に実施したAUDITのデータを使った調査なども一緒にやるようになりました。これらの研究成果について学会などで報告する中で、久里浜医療センターの樋口 進先生ともコラボレーションするような機会にも恵まれ、今に至ります。まさに不思議な縁で導かれるように、アルコール問題に取り組む諸先生とつながり、スーッと道が開けてきた感じです。


田中 完氏

お酒を飲む人と飲まない人で異なる認識

職場におけるアルコール問題について、現状をどのように捉えていますか。

田中飲酒を促す因子が企業で働いているとたくさんあります。接待や歓送迎会、忘年会・新年会などの機会、またお酒に強いことを奨励するような企業文化もあります。このような環境面での要因に加え、仕事のストレスを発散するために飲酒しているケースや、「寝酒」として就寝前に飲まなければ眠れないような人もいます。

お酒を飲みながら親睦を深め合う、いわゆる“飲みニケーション”は、企業活動において重要な機会だと考えられてきました。コロナ禍で会食の機会が減ったこともありますが、最近は職場での飲み会を不要だと感じる人が増えてきているという報道もあります。

田中AUDITの結果と人間関係改善の関係性について調べる「飲みニケーションは真か偽か」という研究をしたことがあります。アルコールは人間関係の改善に役立つかどうかを尋ねるアンケートを実施したのですが、AUDITの点数が高い人、つまりよくお酒を飲んでいる人たちは91%が「役立つ」もしくは「まあ役立つ」と答えました。一方、あまり飲まない低得点者の人は30%が「あまり役立たない」「役立たない」と答え、高得点者の9%を大きく上回りました。つまり、飲酒量に問題がある人ほどアルコールがコミュニケーションに役立つと思っていて、飲まない人との意識の差が大きかったのです。
 そのため飲む人は飲まない人に対して「付き合いが悪い」と言い、逆に飲まない人は飲む人に対して「酒癖が悪い」と言うでしょう。このような意識のギャップがあることを、多くの人に知ってもらいたいと思っています。

表1 AUDITの各群と人間関係改善―飲みニケーションは真か偽か―

提供:田中 完先生(AGC株式会社鹿島工場 産業医、健康管理センター所長)

 また宴会の影響を評価した調査(複数回答)では、良い点として挙げられた「楽しむことができた」「親睦が深まった」という回答はいずれも67%にとどまっていて、100%ではありませんでした。「話したいことが話せた」は33%、「ストレスが解消した」はわずか7%です。
 一方で、悪い点として挙げられた項目には嘔吐(おうと)や頭痛、胸焼けといった身体の不調のほか、「ストレスがたまった」が15%もいました。「暴力、ケンカ」や「なくし物をした」、「秘密の暴露」といった悪影響を挙げる人もいて、本当に飲み会がコミュニケーションの場として最適なものなのかという検討は、ぜひ多くの企業でしていただきたいです。

宴会の影響評価調査(n=27)

提供:田中 完先生(AGC株式会社鹿島工場 産業医、健康管理センター所長)

参考文献
[1]産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学研究室「アルコール依存症の職場復帰支援マニュアル」(2023年 1月現在)

企画・制作:保健指導リソースガイド 
提供:大塚製薬株式会社 
SL2403031(2024年 3月改訂)

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