オピニオン/保健指導あれこれ
大災害を生き抜くための食事学
No.2 「おいしさ」と「いつも食べているもの」を大事に何をどう食べるか―体験から得た震災時の食の"知恵袋"
宮城大学 食産業学群 教授
2018年04月09日
何をどう食べるか―体験から得た震災時の食の"知恵袋" 石川伸一先生インタビュー
災害時にあの食材、あの道具があったら......。 経験者だからこそ語れる災害時の食事情、そして本当に役に立った食材や知恵、栄養学とは。 分子調理学者であり、宮城大学教授の石川伸一先生に、お話を伺いました。石川伸一先生(宮城大学 食産業学群 教授)
-------- 石川先生は、東日本大震災を勤務地・居住地の仙台で体験されました。専門は分子食品学、分子栄養学、分子調理学ということで、震災後、「おいしさ」の研究を新たに始められたそうですが、どのような研究なのですか。 私は、あの震災で、いかに「食」が人々の身体と心の両面を支えていたかを身をもって経験しました。そして、心身とも弱った方々に、どのような食事を用意すればよいかを研究する必要性を強く感じました。特に「食事がおいしいこと」は、とても重要だと感じています。 そこで、どうすれば料理がおいしくなるのかを分子レベルで調べ、そこで得た原理を応用し、おいしい料理を作ることを目指した研究を行っています。例えば、柔らかさもおいしさの要素の一つです。真空パック調理で食材をやわらかくする、長期間保存できる食品を作るなど、調理法の研究も進んでいます。「食べ慣れた食事を食べたい」は自然な欲求。 おいしい食べものは気力のもとになる。
-------- 震災発生から数日間は、食べるだけでも大変という状況に置かれますよね。その中で、「おいしさが重要」と感じたのは、どんな場面でしたか。 まず、温かい料理のありがたみを、これまで以上に感じました。被災地には救援物資として、おにぎりやパンなどが遠方から届きます。どれも、貴重な食品であることには違いありません。ですが、極限状態だからこそ、「普段の食べ慣れた(あたたかい)食事を食べたい」と思うのも当然のこと。おいしい食べものは、疲れを癒やし、頑張る気持ちを奮い立たせるのに必要な「マストアイテム」なのです。当たり前が当たり前でなくなったときに、その大切さがよくわかりました。 我が家の場合は、電気やガスなどのライフラインを立たれている間、幸いカセットコンロやアウトドア用の湯沸かしセットが備えてあったために、それらが多いに役に立ちました。水は、居住地近くの水道管が破裂したために、比較的手に入りやすい状態ではありました。 また、妻が普段から保存食をいろいろ備蓄しておくタイプだったので、私たちは自宅に残された食材で命をつなぐことができたのです。食べものや熱源が手元にあるかどうかで、心の持ちようもずいぶん違うんだなあと気づかされました。以前はよく、「そんなに備蓄しなくても...」と妻に言っていたので、心から「自分が間違っていた、申し訳なかった」と謝りました。 ただ、缶詰のスパムなどにはあまり手がのびませんでした。非常時には、どんなものでもありがたく食べられるかというと、そうでもなかった。自分の経験からも、調査データなどからも、やはり人は食べたいものから食べていく、食べられないもの・苦手なものはよほどの状況でない限り食べないということがわかったのです。 現代の食生活は大変便利であるがゆえに、野生の知恵やものがない場合の食習慣というのはなかなか身に付きません。突然、なんでも食べられる人、何でも作れる人にはなれないわけです。 -------- 学生時代からアウトドアが趣味で、そこで得た知識や道具が非常に役に立ったそうですね。 はい。もともとアウトドアが好きで、限られた道具、限られた水・食材、限られた熱源でアウトドア料理を考えるのも好きでした。しかも我が家は共働きなので、私も毎日料理を作るのです。食事を作り慣れていたという点では、食の"地頭"があった。それが震災で経験として生かされました。地震後しばらくのあいだは、アウトドア用の小さなポットに水を入れ、砕いたもちや春雨スープのもとを入れたものを食べていました。我が家では、それを「命のともしび食」と呼んでいました。 -------- 石川先生は食の専門家でもありますし、アウトドア料理の経験もあったわけですが、震災時の食事で、栄養面の工夫などはできましたか。 それは難しかったですね。震災時の食に求められるのは、まず生き抜くこと。食べておかないと持たないから、とりあえずエネルギー補給を優先します。食べられるものを食べるという感じです。でも、やはりおいしく、楽しく食べたいという欲求があり、それが満たされると心理的なストレスを減らせることがわかりました。 栄養面では、たまたまビタミン剤が自宅にあったので、なんとか補給できたという程度です。実際には、なかなか難しいことだと思います。炭水化物中心になりがちな震災時の食事の中で、自宅にあったゴマ、たまたまお店で手に入ったプルーンなどは、ミネラルや食物繊維の補給源として役に立ったと思います。普段の生活でも食べられるものを備蓄しておく。 量も、バリエーションも豊富に。
-------- そうした経験をふまえて、石川先生ご自身では、現在どんな備えをしていますか? または新たに買い足したもの、食材を備蓄するにあたり工夫していることはありますか? まず、長期保存可能な食材の備蓄量は倍ぐらいに増え、自宅だけでなく職場にも保存食を置くようになりました。缶詰、乾物などのバリエーションも増やしました。 食材は、しまい込まずに取り出しやすい棚や物入れに保存するようにして、賞味期限が切れそうなものから食べていく。そして無くなったら補充するようにしています。これを私は、「常備蓄」と呼んでいます。 職場のデスクの引き出しには、乾燥パスタなど炭水化物中心の食材とお菓子が入っています。帰宅できなかったときのためです。 それから、缶詰など、長期保存が可能なものであっても、食べないもの・食べられないもの・嫌いなものは置かないと決めました。前述のように、結局、食べられないものは食べないからです。 常備蓄=非常時のための備蓄ではなく、日ごろから利用できる長期保存可能な食品を買い置いて「常備」し、非常時に役立てるという意味。常備蓄のコツや目安について詳しくは、2月2日のセミナーレポート 「大災害を生き抜くための食事学」をご参照ください。2018年2月2日/日本集団災害医学会にて講演「大災害を生き抜くための食事学」
-------- バリエーションを増やす。一般的には、なかなかそこまで頭が回らないかもしれませんね。それも常備蓄に大事な要素ですか? そうですね。我々は、震災の経験によって「普段食べているものを非常時にも食べることができれば、心を落ち着かせることができる」という教訓を得ました。朝食は毎日同じものでもよいけれど、昼・夕食は少し違ったものを食べられるといいよねという発想で、常備蓄をするのも1つの方法です。 被災地では、震災後数日立つと生鮮食品を食べたいという声も多く聞かれました。でも実際は、フレッシュな野菜や果物、魚というのは、手に入りにくい。その代用として役に立ったのが、ドライフルーツでした。特にプルーンは、塩分排出作用のあるカリウムや便秘解消に役立つ食物繊維などが豊富に含まれています。ドライフルーツなら職場にも置いておけるうえ、種類も豊富、おやつにもなりますから、常備蓄にもぴったりなんですね。 そのほか、我が家では乾物も豊富に揃えるようにしました。高野豆腐はタンパク源になりますし、ワカメ、切り干し大根など、乾物って意外と種類が豊富なんですよ。そのほか、ナッツ、ゴマなども少量で栄養価が高い食材で、保存にも適していますのでお勧めです。日本集団災害医学会では、石川先生の体験をもとにプルーンサンプルや災害時の栄養バランスガイドが配布されました(カリフォルニアプルーン協会提供)
限られた食材で料理を作る。 楽しんでやってみるという発想がカギ。
-------- 本当は何でも食べられるとよいのでしょうね。石川先生は、講演などで「備蓄してください」「訓練してください」とアドバイスしすぎると、かえって心理的なプレッシャーになって逆効果になる場合があると、指摘されていますね。 備蓄の必要性や重要性ばかり論じてしまうと、聞いている方は楽しくないし、押し付けられているようでやりたくなくなってしまうと思うので、楽しそうと思ってもらうことを大事にしています。「普段の生活の中で、ちょっとだけ制限を加えて、料理にチャレンジしてみよう!」とか、「今は野菜が高騰しているから、手に入るもので料理をすると(震災時の)プチ練習になりますね」とか、悲観的に言わないことも大切だと思います。 学生たちには、「今の時代は男女関係なく料理が作れた方がいいよね」とか、「パートナーと一緒に料理を作るとか、短時間で作ってみるとか、ひと通りできるようにしておくといいよね」と話すことはありますね。被災時の食の大切さを意識してもらうには、個人的な体験談を話すことも有効であると感じています。地域の食イベントなども食の地頭力を身に付けるのに役立ちます!
-------- リアルな体験談は、心に響きます。自分ごととして想像できるから、「今後に備えておこう」という気持ちになりやすいですね。 ええ。一方で、近年は食に無関心な人が増えているのではないかと、気になっているんです。ドリンクやグミなど簡単なもので食事の代用ができる完全栄養食(コンプリート食)なるものが流行っているとも聞きます。自分自身もそうですが、忙しいときには、できるだけ食事に時間をかけたくない、簡単に済ませたくなりますよね。その気持ちはよくわかるんです。でも、非常時に食材を調達し、命をつなぐご飯(料理)を作れる能力というのは、サバイバー能力そのもの。やはり身につけておくと、もしものときに生き抜く力になります。 東日本大震災が起きて数日後は食べ物不足が続き、街は異様な緊張感に包まれていました。暴動などは起こりませんでしたが、物資がないことへのイライラ感、恐ろしいほどの切迫感が漂っていたことを忘れることができません。空腹感は、人から余裕を奪っていくんですね。そうならないためにも、普段から「モノ」と「ココロ」の備えは必要だと思います。 時々でよいので、物資が手に入らないときのことを想像し、自分ならどうするだろうとか、いろいろ方法を考えてみるのも良いと思います。人々が(料理を)自分で作ることを楽しくできるように、また食への関心を持ち続けられるように、私も何か手助けができればいいなと思っています。
宮城大学 食産業学群 教授
石川伸一先生
1973年生まれ。東北大学農学部卒業、同大学院農学研究科修了。北里大学助手・講師、カナダ・ゲルフ大学客員研究員を経て現職。専門は分子レベルの食品学・調理学・栄養学。農学博士。著書に『必ず来る!大震災を生き抜くための食事学 3.11東日本大震災あのとき、ほんとうに食べたかったもの』(主婦の友社)、『「もしも」に備える食 災害時でも、いつもの食事を』(清流出版)などがある。
■取材・文/及川夕子
メノポーズカウンセラーや健康食品コーディネーターなどの資格を生かし、美容・健康・医療分野を中心に、新聞、雑誌、WEBメディアなどで取材・執筆を行っている。
書籍の企画や編集、執筆も手掛ける。
「大災害を生き抜くための食事学」もくじ
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