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日本でも「健康の社会格差」が拡大 10項目の対策で社会格差を是正
2016年03月16日
日本でも社会階層が低くなるほど、平均寿命は短くなり、肥満や生活習慣病などの疾病の発症リスクが上昇する「健康の社会格差」が問題になっている。是正するために保健医療分野での取り組みが重要となっている。
健康寿命の格差の縮小が保健医療の課題
介護の必要がなく健康的に生活できる期間を示す「健康寿命」は、2013年の調査では男性が71.19歳(平均寿命は80.21歳)、女性が74.21歳(同86.61歳)だった。平均寿命との差は男性9.02年、女性は12.4年となっている。
社会の所得格差をあらわす指標であるジニ係数が大きい地域では死亡率が高く、平均寿命と健康寿命の差も大きい傾向がある。
「健康日本21(第2次)」では、「あらゆる世代の健やかな暮らしを支える良好な社会環境を構築することにより、健康格差(地域や社会経済状況の違いによる集団間の健康状態の差)の縮小を実現する」と定められ、社会環境の整備に重きがおかれている。
そして、数値目標として、健康寿命の格差の縮小とともに、地域のつながりの強化や、健康格差対策に取り組む自治体の増加などが挙げられている。
これが実現するために、保健医療の専門家が社会経済的な格差と健康の関連について知り、健康格差の是正のために活動する必要がある。
日本でも「健康の社会格差」が拡大している
格差が小さいといわれていた日本でも近年、「健康の社会格差」があることが明らかになってきた。千葉大学予防医学センターの近藤克則氏の調査によると、所得が少ない人は、所得が多い人より、死亡リスクが2倍近く上昇するという。
2009~13年度文部科学省科学研究費による新学術領域研究「社会階層と健康」では、社会科学と健康科学の多分野の研究者が協力し、日本国内の健康社会格差の実態とメカニズムを調査した。
それによると、健康状態の差は、ライフスタイルや環境、保健医療の違いによって起こるが、それらを決定しているのは政治的、社会的、経済的要因だという。本人の責任ではなく、社会が引き起こしている「社会的決定要因」が健康格差を引き起こしている可能性がある。
社会的要因が健康に影響するメカニズムがわかれば、その経路を断つことにより、健康の格差を小さくすることができる。文科省研究班は、社会的要因を是正するために、次の10項目の対策が必要だと指摘している。
1 社会格差
どの社会でも、社会階層が低くなるほど、平均寿命は短くなり、疾病の発症リスクが上昇する傾向がみられる。これは、少ない資産、教育程度の低さ、不安定な仕事、貧しい住環境などによる社会的経済的ストレスの多い状況での生活が影響している。そのため、福祉政策では、セーフティネットに加えて、不利な状況を抜け出す方法を提供する必要がある。
2 雇用形態と健康問題
日本にも職業階層による健康格差がある。日本では全労働者の38%にあたる2,015万人が非正規雇用者だ。非正規雇用者に対する企業の福利厚生は手薄であるため、非正規雇用者の健康問題は課題となっている。肉体労働や事務職などの人たちと、企業の管理職や役員などの人たちの間には、所得の格差に加えて、健康の格差があることが多くの国の調査で示されている。
ヘルシンキ大学が日本人や英国人などを対象に行った調査では、事務職の人は、管理職の人より、主観的健康度が約2.6倍低下することが示された。
東京大学精神保健学分野の研究チームが企業規模や正規・非正規の雇用形態を考慮し行った調査では、男性ではパートタイマー、女性では派遣・契約社員が、心理的ストレスを感じている割合が高いことが分かった。
3 仕事によるストレス
慢性的なストレスはさまざまな病気のリスクを上げるため、仕事のストレスが大きい人の健康度は悪くなる傾向がある。産業医科大学などが全国12ヵ所の自治体で行った調査では、仕事のストレスが小さい男性に比べ、仕事のストレスが大きい男性は、脳卒中のリスクが約3倍高いことが分かった。
また、仕事のストレスの小さい女性管理職に比べ、仕事のストレスの大きい女性管理職は、脳卒中のリスクが約5倍高いことが示された。
男性ではブルーカラーと非管理職の人たちで、女性ではストレスの大きい管理職で、ストレス・マネジメントが重要となっている。
4 職場内のソーシャルサポート
職場でのストレスは、疾病のリスクを高める。仕事上のコントロール度(自由度や裁量権)がある人ほど、健康状態が良好である傾向がみられる。仕事の要求度(負荷や責任)が高い上に、コントロール度の低い仕事には、とくに健康リスクが高まる。仕事上の努力に見合わない低い報酬(賃金や昇進、自分に対する満足感)も疾患と関連している。
それに対して、職場内のソーシャルサポートによって、人々を守ることができる可能性が示唆されている。
5 所得格差と食事バランス
「2014年国民健康・栄養調査」では、世帯所得が600万円未満の中・低所得者層は、600万円以上の高所得者層より食事が主食(穀類)に偏り、野菜や乳類の摂取量が少ないなど、栄養バランスが欠けている傾向があることが示された。野菜の摂取量は所得600万円以上の男性は322g、女性313gだったのに対し、200万円未満では男性253g、女性271gに減少。肉も野菜と同様に開きがあった。
家計支出が多いほど、総エネルギー、脂質、タンパク質、炭水化物、カルシウム、ビタミン、食物繊維などをバランス良くとっている傾向がみられる。
6 家計支出が少ないと健康リスクは上昇
多くの研究で、家計支出が少ないほど栄養の摂取状態が悪く、心臓病や脳卒中などの循環器疾患のリスクが上昇していることが示されている。山口大学医学部などが行った調査では、家計支出が少ない女性では、肥満、高血圧、脂質異常症、糖尿病の割合が高くなることが分かった。女性の方が家計支出の少なさによって生活に影響を受けやすい可能性がある。
7 所得格差と健康習慣
社会階層が高い人ほど、健康に良い行動をとる傾向がある。東京大学公共健康医学科などの研究チームの調査が、学歴、所得と運動習慣の関係を分析したところ、学歴や所得が高い人ほど、運動習慣があることが分かった。反対に、社会階層が低い人では、喫煙率が高く、運動習慣が少ないなど、健康に悪い生活習慣の多いことが示されている。
8 低所得者の人ほど健康診断を受けていない
所得の低い人ほど健康診断を受けない傾向がある。「2014年国民健康・栄養調査」では、健康診断を受けていない人の割合は低所得者ほど高いことが示された。男性では600万円以上は16.1%なのに対し、200万円未満で42.9%に上った。女性では600万円以上は30.7%なのに対し、200万円未満で40.8%に上った。
9 医療へのアクセスの格差
社会的要因は、医療へのアクセスの格差にも影響する。日本は国民皆保険制度により、すべての国民が比較的少ない自己負担で医療を受けることができるが、現実には所得による医療アクセスの格差がみられる。所得の少ない人や教育年数の短い人たちは、病院での受診を控えたり、健康診断を受けない傾向があることが内閣府などの調査で示されている。
10 強いネットワークが健康を改善する
良好な人間関係や、強いサポートを得られるネットワークは、家庭、職場、地域社会における健康を推進する。人間関係のネットワークが小さいと、他者からのサポートが少なくなるなどの要因で、健康状態が悪くなる傾向が示されている。社会的に支えられていると感じることが、生きていく上での精神的、現実的な励みとなる。他者からの社会的・精神的な支えを期待できない場合、人々の健康状態は悪化しやすい。 現代社会の階層化の機構理解と格差の制御(文部科学省科学研究費新学術領域研究)
社会階層と健康 健康格差のエビデンスからの政策提言(社会階層と健康に関する学際ネットワーク 2015年5月1日)
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