No.2 産業保健師が直面する「想定外の出来事」への対応 その時慌てないために
「想定外の出来事」とは?
「想定外の出来事」と言われてイメージするのはどのような状況でしょうか。記憶に新しい「新型コロナウイルス感染症によるパンデミック」を思い浮かべた方も多いかもしれません。
ステイホーム推奨により、従業員だけでなく産業保健スタッフもテレワーク中心になった事業所もありました。オフィス内での感染拡大防止対策、職場におけるワクチン接種など、今までの産業保健活動では経験したことのない「はじめて」ばかりだったのではないでしょうか。

新型コロナウイルスが流行した2020年以降、健康危機管理についての認知は一気に高まりました。厚生労働省や医学系学会のテーマとしても多く取り上げられたので「健康危機管理」「BCP(事業継続計画)」という言葉を耳にされていると思います。
そもそも国内では、1995年に起きた阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件を契機に「健康危機管理」という言葉が使われはじめ、1996年の薬害エイズ事件への反省が出発点となり、1997年に「健康管理体制の構築」を含めた「厚生省健康危機管理基本指針」が策定されました。 現在は、2001年の省庁再編に伴い改定した「厚生労働省健康危機管理基本指針」に基づき、地域・各企業において少なからず危機管理対策を講じていると思います。
企業における「健康危機管理」は「危機管理」の一部です。「健康危機管理」に関する情報を【関連情報】としてリンクに掲載しましたので、ご参考にしてください。
実際に経験した3つの体験談
ところで、今回は「健康危機管理」の基礎についてご紹介するのではなく、私自身が産業保健師として実際に経験したこと、体験談をお話しします。
日々の業務で皆さんが経験したことのある、あるいは想像する「想定外」の出来事は、「定期健康診断の結果が届かない」「健康診断業者が突然潰れて委託先が無くなってしまった」などでしょうか。
今回私がお話するのは「大震災」「講師をドタキャン」「航空機事故支援」の3つの体験談です。皆さんご自身が当事者となったらどうするか想像してみてください。「想定外」を想像し、対策をシミュレーションすることで、いざという時に慌てない準備ができるかもしれません。
まずは、日本に住んでいればいつか遭遇するかもしれない「大震災」の話から始めます。
①阪神淡路大震災
1995年1月17日の朝、兵庫県にあるわが家も被災しました。阪神淡路大震災です。幸い家族は無事でしたが、会社に何度電話しても通じませんでした。停電でテレビが見られず、何が起きていたのかまったくわかりませんでした。そのうち電気が復旧し、TVでニュースを見て、はじめて自分たちの身に起きていることが理解できました。
震災当日は仕事を休みましたが、次の日から出社しました。地震の被害は建物の向き・地盤によって大きく異なっており、大阪市内はガラスが割れたりしているものの、ショッピングもでき、通常業務ができる企業が多かったです。私の自宅近くは被害が大きく、特に神戸では高速道路やビルが崩落し、まるで怪獣映画でした。
私の使っていた路線に大きな被害はなかったため、通勤はできたものの、職場と自宅周辺の環境とのギャップで、精神的にバランスをとるのが大変でした。余震も続いていたので、寝るときは枕元に避難セットを置き、揺れを感じるたびに子供にヘルメットをかぶせて過ごすという、眠れない日々が何カ月も続きました。
当時、窓から見た景色は一生忘れることはできません。周囲のビルは倒壊していたり、阪神高速が崩落していたりひどい有様でした。いざとなったら歩いて帰れるだけの体力と、心がつぶれないように保つスキルが必要だと思いました。

職場では、従業員への避難場所や医薬品の供出、メンタル相談対応などを行っていました。その時から災害対策体制ができ、産業保健メンバーもその中に入りました。
いま振り返ると、産業保健メンバーとして災害対策活動に関わりながらも、自分自身は「被災者」だったため、かなり心身が疲弊しました。災害対策メンバーには同様の状況に置かれている人も少なくなかったので、お互いにねぎらいの言葉を掛け合って頑張った記憶があります。
阪神淡路大震災という「想定外」の経験から、いざという時のためのさまざまな体制づくりが行われました。想定外の状況でも「報告、連絡、相談、協力」はとても重要です。そのために日頃から、緊急時の連絡先や連絡方法、協力体制などを決めておき、定期的な模擬トレーニングや、アップデートが重要です。 この震災以降、自然災害が各地で発生してきていますがこの時の教訓が生かされ、その都度新たな反省に基づき災害対策はブラッシュアップされてきました。
「その時慌てないために」と言えば、最近では連絡先をすべてIT機器に保存しているため、「携帯を忘れた」といった状況で連絡先がまったくわからないという状況が起きます。ペーパーレスの世の中ですが、絶対に必要な連絡先や対応マニュアルは、印刷してバックアップしておくことが必要だと思います。
②講師をドタキャン
話は変わり、今度は個人的な10年以上前の話です。半年以上前から講師を依頼されていた研修会を控え、準備万端の構えでした。しかし、研修会前日に家族の危篤連絡があり、すぐに病院へ駆けつけました。まさに「何が起きるか神のみぞ知る」です。
病院から研修会に戻ることも考えましたが、片道6時間以上かかるので、家族の看取りを優先し、講師をキャンセルさせていただきました。さすがに研修会当日では、代役の講師をお願いすることも叶わず、参加者には配布資料のみお渡ししただけになってしまいました。
いまならオンライン研修に切り替えて実施することもできるかもしれません。しかし、慌てないための準備をしていても、予想とはまったく異なる「想定外」が起きてしまうと、何もできないこともあるというお話です。
③航空機事故支援
最後に、これは私の友人の保健師の体験です。1985年8月12日に発生した「日航機墜落事故」に従業員が巻き込まれ、現地で家族と一緒にご遺体の確認に何日も同行していました。時期が夏だったこと、ご遺体の一部で確認するという過酷な状況で、ご家族のメンタルサポートと、支援に入っている従業員の心身の健康状況のサポートをしたそうです。
保健師本人も過酷な状況で、食事もとれず精神的に参っていました。私は電話でひたすら友人の話を聞ききましたが、友人はひとしきり泣いた後、再びご家族の支援に向かいました。保健師としてのプロ意識とたくましさを見ました。
こういう時の「慌てない準備」は何なのでしょう? 自分だったらどうしていたか、最後まで仕事をやり遂げられたか、自問自答しています。このような状況でも、強靭な体力・精神力、つぶれない心が必要そうです。

想定外を「知る」ことが大切
3つの体験談はいかがでしたでしょうか。家族を含めた自分自身に起きること、職場でのトラブル、社会全体に被害をもたらすテロや感染症、天災など、想定外のことは様々な形で起こります。「その時慌てないように!」と備えていても、やはり、その場に直面すると慌ててしまいます。しかし、実体験や経験の共有により、今まで想定できなかったことが想定の範囲内に近づくことはあります。それによって「大慌て」が「小慌て」くらいになるかもしれません。自分だけの視点で物事を見ず、広い視野で観察し「想定外」を減らすことが大切です。
今回は3つのエピソードを紹介しましたが、 いざという時、私にとって必要だったのは「体力」「つぶれない心」「相談先(一人で抱えないこと)」でした。皆さんにとってはいかがでしょうか?特に「相談先」は急に思いつかないこともあるので、普段からいくつか候補を考えておくとよいでしょう。
平常時から危機を予見してトレーニングや準備をしておくこと、危機発生時の対応、メンタル面を含めた被害からの回復という基本的な対応は必須です。その時“慌てない”ために、皆さんは何をプラスしますか?
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