オピニオン/保健指導あれこれ
「ナッジ」を応用した健康づくり 誰もが健康になる社会を目指して
杉本九実(帝京大学大学院公衆衛生学研究科)

No.3 健診・保健指導にナッジを応用するヒント -保健指導に活かす「15の〈し〉と〈じ〉」とは?-

帝京大学大学院公衆衛生学研究科
杉本九実、福田吉治

健診・保健指導を促す2つのナッジ

 さまざまな保健活動の中でも、健診の受診や保健指導の利用勧奨を促すナッジの応用事例は比較的多くあります。 例えば、2018年に国立がん研究センターは、NHKの人気番組「ガッテン!」とコラボレーションし、乳がん検診受診勧奨のビッグプロジェクトを行いました。[1]

 プロジェクトは、番組で乳がん検診を特集し、乳がんへの関心が高まるタイミングで検診案内を届けるというものです。国立がん研究センターが全国1,747のすべての市区町村に呼びかけたところ、360以上の市区町村がこのプロジェクトへの参加を表明し、乳がん検診を受けていない40歳以上の女性86万人に、共通の案内はがきが届けられました。

 同時期に、各参加自治体で広報誌やホームページなどでも広報活動を行うことで、がん検診への認知と受診の動機を高めることができ、結果として受診率が大きく上昇したことが報告されています。


 健診や保健指導を促すナッジは、2つあります。
 ひとつは「デフォルト型ナッジ」で、いわゆる“仕組み”を工夫します。例えば、簡単に受けることができる、健診と保健指導を同時に実施する、などです。

 もうひとつは「情報提供型ナッジ」で、受診・利用勧奨のための“周知方法(リーフレットなど)”を工夫します。簡単で魅力的に思えたり、感情に訴えたりするようなメッセージや内容を指します。例えば、冒頭の乳がん検診の受診勧奨事例でも、受診したくなるようなメッセージ性のある情報とともに、タイミングよく受診しやすい仕組みを提示しています。

 このように2つのナッジを同時に応用することが重要であり、それによって、より行動変容を促すことが可能となるのです。[2]


受診・利用勧奨の2つのナッジ

2つのナッジを応用した「健診・保健指導」の取組事例

 
「デフォルト型ナッジ」の応用事例
 まずは「デフォルト型ナッジ」の応用事例をいくつかご紹介します。
 ある健康保険組合では、人間ドックと同時に特定保健指導の初回面談を受けられる体制を整備し、初回面談を受けないと次年度の人間ドックの費用を補助しない(損失回避、インセンティブ)という仕組みにしました。

 すると、特定保健指導の実施率のみではなく、最終的な終了率が35%から62%へ上昇しました。デフォルトで体制をつくり、損失回避などで、さらに受診意欲の向上を促すことができたといえます。

 また、被扶養者の特定健診や特定保健指導の受診・利用率を上げることは、職域や地域における大きな課題でもあります。特定健診の受診券と特定保健指導の利用券を一緒に送付し、健診と同時に初回面談を実施する体制とし、さらに各被扶養者の受診日時をあらかじめ設定して、都合の悪い場合のみ再度日程を調整する方法としたところ、受診・利用率は大幅に上昇しました。

 直接的なかかわりが少ない被扶養者に対しては、セット券の配布や、日時の設定といった分かりやすく行動しやすいデフォルトの仕組みが適しているのかもしれません。  

「情報提供型ナッジ」の応用事例
 「情報提供型ナッジ」では、メッセージの工夫が重要です。
 健診の受診勧奨用リーフレットには、さまざまなナッジの応用例があります。例えば、「あなたの健康ヒストリー」として過去の健診結果を経時的に掲載する工夫を行うと、オリジナリティーがあり、自分事と捉えやすくなります(下表のプライミング、感情、エゴなど)。

 また、対象者の属性によってメッセージを変えると、受診・利用行動につながりやすいです(下表のプライミング、顕著性、エゴなど)。
 一般住民を対象に、どのようなメッセージが効果的かを調べた調査では、「家族のため」を強調したメッセージは低学歴と、「自己負担」を強調したメッセージは低収入と関係があることが示されました。

 少し手間がかかりますが、ある程度、メッセージをパターン化しておくこともよい方法です。


ナッジのフレームワーク「MINDSPACE」の枠組み

保健指導に活かす「15の〈し〉と〈じ〉」

 職域や地域で、生活習慣病の予防などを目的とした保健指導が行われていますが、その効果は必ずしも十分ではありません。どんなに一生懸命指導をしたり、話をしたりしても、不健康な生活習慣はなかなか変わらない、というのが現実です。

 そんなときに「ナッジを応用すればどうにかなるかもしれない!」と思う専門職もいるでしょう。もちろん、ナッジは保健指導にも大変有効です。しかし、ナッジを応用する前に、今一度、保健指導の基本に立ち返って、自分の保健指導を見直してみてほしいのです。

 従来からある行動科学やヘルスプロモーション、そして基本的なコミュニケーションやビジネススキルは、保健指導の基本です。帝京大学大学院 公衆衛生学研究科は、それらの基本的な考え方と方法をまとめた「保健指導を成功させる15のしとじ」を公開しています。

  1. じゅんび(準備)を怠らず
  2. じこ(自己)紹介を忘れずに
  3. しんらい(信頼)関係を築く
  4. じゅうなん(柔軟)に対応
  5. じぜん(事前)評価をできるだけ
  6. しゃべりすぎない
  7. しじ(指示)にならないように
  8. じぶん(自分)で考えてもらう
  9. しりょう(資料)を適切に使う
  10. じじつ(事実)に基づいて
  11. じかん(時間)を守る
  12. じご(事後)フォローをしっかりと
  13. じっくりあせらず
  14. じしん(自信)をつけてもらう
  15. じこ(自己)完結にならないように


保健指導を成功させる15のしとじ


 この「15のしとじ」は、保健指導の始まりから終わりにかけて、専門職の心構えとして大切なものばかりです。

 特に、
 (1)ある程度は対象者の状況を事前評価し、保健指導の方向性を見定めておくこと
 (2)パターナリズムの指導ではなく、対象者自身が考え行動できるようなアプローチをすること
 (3)必要であれば他の専門家につなぐ
 など、自分だけで完結せずにチームで対応することは専門職の腕の見せ所です。

 まずは基本を振り返り、どこにナッジを応用できるのかを考えることがさらなるスキルアップの第一歩になるのではないでしょうか。


ナッジを応用した健康づくりガイドブック
-取組に活かすヒントと好事例集- 健診・保健指導編

関連情報

参考文献
[1]  国立研究開発法人国立がん研究センター「NHK「ガッテン!」をご覧になった皆様 乳がん検診のご案内はがきがご自宅に届いた皆様へ」
[2] 厚生労働省「受診率向上施策ハンドブック(第2版)明日から使えるナッジ理論」
[3] 福田吉治, 林辰美「健康づくりに関するメッセージの効果認識の関連要因 社会経済的要因に注目して」日本公衆衛生雑誌, 62, 347-356, 2015.

著者プロフィール

  • 杉本九実、福田吉治
    帝京大学大学院公衆衛生学研究科


    杉本 九実

    帝京大学医療技術学部看護学科 非常勤講師
    帝京大学大学院公衆衛生学研究科 博士後期課程
    株式会社PONO 代表取締役
    保健師、看護師、第一種衛生管理者、公衆衛生学修士(専門職)
    順天堂大学医療看護学部卒業。
    順天堂大学医学部付属順天堂医院等を経て、株式会社PONO設立。開業保健師として、企業等の産業保健活動のコンサルタントや実務に従事。



    福田 吉治

    帝京大学大学院公衆衛生学研究科 教授
    医師、医学博士、産業医
    熊本大学医学部卒業。
    公衆衛生全般、特に、ヘルスプロモーション・健康教育、健康政策、社会疫学。国保中央会国保・後期高齢者ヘルスサポート事業運営委員会委員、東京都国民健康保険連合会保健事業支援・評価委員会委員などで、データヘルス計画、特定健診等の支援に従事。


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