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日本の働く人のメンタルヘルス不調による経済的な損失は年間7.6兆円に 企業や行政による働く人への健康支援が必要

 働く人が「気分が沈む」「眠れない」といった心身の不調を抱えながら仕事を続けることで、日本全体で年間におよそ7.6兆円の経済的な損失が生じているという、全国の労働者2万7,507人を対象とした調査結果を、横浜市立大学と産業医科大学などが発表した。この損失額は、日本のGDPの1.1%に相当し、精神疾患の医療費の7倍にも上るという。

 「出勤しながら不調を抱える労働者が多く存在し、その影響が社会全体の生産性に甚大な損失をもたらしていることが、はじめて全国レベルで金額換算されました。研究成果は、1人ひとりがメンタルヘルスを整えることの重要性を再認識する契機となるとともに、行政や企業によるいっそうの支援や対策が必要であることを示しています」と、研究者は述べている。

労働者のメンタルヘルス不調は企業や社会にとって大きな損失に

 メンタルヘルス不調は、「精神・行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレス、強い悩み、不安など、労働者の心身の健康や、社会生活と生活の質に影響を与える可能性のある精神的・行動上の問題を幅広く含む」と定義されている。

 近年、労働者のメンタルヘルス不調に起因する生産性の低下が、経済・社会に及ぼす影響として注目されている。なかでも、出勤はしているものの心身の不調により本来のパフォーマンスが発揮できない「プレゼンティーズム」は、病気やメンタル不調などにより仕事を欠勤する「アブセンティーズム」以上に、企業・組織に大きな損失をもたらすことが指摘されている。

 しかし、こうした「隠れた損失(Hidden Cost)」は、医療費などと異なり統計的に可視化されにくく、政策決定や職場対策において十分に考慮されていない現状がある。

 これまでの研究では、特定の企業や業種に限定したプレゼンティーズム損失の定量的評価や、うつ病など特定の診断名にもとづいた分析が多く、全国規模かつ多様なメンタルヘルス症状を含めた網羅的な経済損失の推計は限られていた。

 また、精神的な不調を自覚しながらも医療機関を受診していない層の影響は、従来の医療ベースの研究では捉えきれていなかった。

労働者のメンタルヘルス不調に関連する損失額の合計は7.6兆円

 そこで研究グループは、メンタルヘルスに関連する、「気分が沈む」「眠れない」などの主観的な症状がある労働者のプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムを対象に、それらがもたらす社会経済的損失を全国レベルで金額換算し、はじめて包括的に明らかにすることを目指した。

 全国の労働者2万7,507人を対象に、性別・年齢・地域を層化抽出したインターネット調査を2022年に実施。調査では、メンタルヘルスに関連する主観的な症状や、これらの症状による仕事のパフォーマンスへの影響(プレゼンティーズム)、および過去1年間の病気による欠勤日数(アブセンティーズム)について、自己記入式で収集した。

 その結果、プレゼンティーズムによる損失額は約7.3兆円、アブセンティーズムによる損失は約0.3兆円であり、合計は約7.6兆円に達した。これは日本の国内総生産(GDP)の約1.1%に相当する。

 また、65歳未満の精神疾患にかかる医療費(約1.1兆円)と比べても、損失額は7倍以上にのぼることが明らかとなった。

 さらに、20〜30代の女性で有症状の報告割合が特に高く、対策が必要であることが示唆された。

労働者のメンタルヘルス不調に関連する損失額の合計は7.6兆円
精神疾患の医療費の7倍以上

出典:横浜市立大学、2025年

企業や行政による働く人への健康支援が必要

 「今回の研究は、全国の労働者2万7,507人の調査データをもとに、目に見えにくいメンタル不調の影響を金額で可視化したもので、企業や自治体が進める働く人への健康支援や今後の研究の発展にも大きな示唆を与えると期待されます」と、研究者は述べている。

 「研究により、出勤しながら不調を抱える労働者が多く存在し、その影響が社会全体の生産性に甚大な損失をもたらしていることが、はじめて全国レベルで金額換算されました。この成果は、メンタルヘルス対策が単なる個人支援や医療の問題ではなく、経済政策や労働施策での重要な課題であることを強く示唆しています」。

 「研究成果は、1人ひとりがメンタルヘルスを整えることの重要性を再認識する契機となるとともに、行政や企業によるいっそうの支援や対策が必要であることを示しています。そのうえで、メンタル不調を早期に発見する取り組みや、不調を改善するための支援策に対する科学的な有効性検証が求められます。今後は、こうした介入の評価を継続的に行い、心の健康を支える社会づくりに貢献していくことを目指しています」としている。

プレゼンティーズムとアブセンティーズムによる損失を推計

 研究は、横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科の原広司准教授(COI-NEXT拠点Minds1020Lab研究開発課題6リーダー)、産業医科大学産業生態科学研究所の永田智久准教授らによるもの。研究成果は「Journal of Occupational and Environmental Medicine」に掲載された。

 研究グループは今回、プレゼンティーズムの評価には、症状がある期間での仕事の「量」と「質」の低下を11段階で評価する「Quantity and Quality method」を用い、症状の発現日数と掛け合わせることで、年間の損失日数を算出した。アブセンティーズムは、欠勤日数のカテゴリを中間値に変換し、同様に年間損失日数を推定した。

 得られたプレゼンティーズムおよびアブセンティーズムの年間損失日数に対し、性別・年齢別の労働参加率と平均日収(厚生労働省統計)を掛け合わせることで、経済的損失を金額換算した。推計にはモンテカルロ法による確率感度分析を適用し、95%信頼区間を算出した。

横浜市立大学大学院 国際マネジメント研究科
横浜市立大学 COI-NEXT拠点 Minds1020Lab
The impact of productivity loss from presenteeism and absenteeism on mental health in Japan (Journal of Occupational and Environmental Medicine 2025年5月28日)

[Terahata]
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