No.6 乳がんの手術と術後の後遺症
帝京大学医学部附属病院 帝京がんセンター 認定遺伝カウンセラー
青木 美保
乳がんの外科的治療
●乳がんの手術は女性のイメージに対する脅威になる
あなたは女性の乳房からどんなことを想像しますか?
多くの方は、女性の乳房から、美しさ、女性らしさや母親らしさ、セクシーさなどを想像されるのではないでしょうか。乳房を失うことは、こうした女性としてのイメージに対する大きな脅威になります。
乳がんの手術では、手術自体への不安に加えて、女性としての魅力を失うのではないかと不安になるかもしれません。乳房をできるだけ残す外科的選択肢も増えています。乳房温存療法(乳房温存手術+放射線療法)は、乳房切除術と同程度の効果があることがわかっています。
● 乳がんの手術への心構え
どの外科手術もそうですが、乳房の外科手術も後戻りできません。でも、手術の日程が決まったら、逆に気持ちが落ち着くかもしれません。外科手術の当日は、単に乳房の切除だけに気持ちが向いてしまい、不安になりがちですが、乳房を失う代わりに、別のチャンスをもらったと考えて、手術に前向きに集中しましょう。
●乳房再建を考えているなら、手術と一緒に相談しましょう
乳房再建を少しでも考えているなら、手術を決める前に、乳房再建を希望していることを主治医に伝えましょう。また、できれば形成外科医にも相談してみましょう。
受けた術式によっては、乳房再建の選択肢が限られることもあります。たとえば、放射線治療を併せて行う乳房温存療法では、放射線療法のあとは皮膚や組織がダメージを受けて、乳房再建が難しくなることも頭に入れておく必要があります。手術と乳房再建を併せて検討することが、より良い結果につながります。
●外科的治療の考え方
乳がんは比較的早い段階から、がん細胞の一部が全身に広がる全身病と考えられています。
手術でがんを完全に取りきれても、目に見えない微細ながん細胞が残っている可能性があります。そのため、腫瘤を切除する外科的治療のような「局所療法」だけでなく、全身に広がったかもしれないがん細胞を治療するために、全身に抗がん剤やホルモン剤、分子標的薬(ハーセプチンなど)を全身的に投与する「全身療法」との組み合わせが重視されています。全身療法は術前、または術後に行われることもあります。
術前化学療法によりがん細胞が病理検査で完全に消失した患者さんは、術後の見通しが良く、再発率も低いことが明らかになっています。がんのサイズが大きくても、術前化学療法でがんが縮小すれば、乳房温存療法の適応になるなど手術の選択肢が広がるメリットもあります。
●乳がんの手術の種類
乳がんの手術は、乳房の一部を温存して、放射線療法と組み合わせる「乳房温存療法(乳房温存術+放射線療法)」、乳房全体を切除する「乳房切除術」の2つに大きく分類できます。
乳房温存療法は、乳房切除術と同等の治療効果があります。この術式は、一般的にがんが通常3cmを超えて大きい、3cm以下でも乳房内にがんが広がっている可能性がある、3cm以下でも乳房内の離れた部位に複数のがんがある場合などは、切除範囲が広くなるため、難しくなります。乳房温存療法が難しい場合は、乳房切除術や皮膚温存乳房切除術が検討されます。
乳がんの手術の種類とその詳細については、日本乳癌学会の乳がん診療ガイドライン2016を参照ください。
Q18.現在の標準的な手術の方法は何ですか。
Q23.手術後の乳房がどのようになるかイメージできないので不安です。どのような準備をするのがよいでしょうか。
●乳房再建も同時にきれいに行いたい場合の術式
・ 皮膚温存乳房切除術
乳房の皮膚をすべて残して、乳腺組織を切除する方法です。同時に乳房再建を行えば、術後すぐに乳房を得ることができますので、乳房の喪失感はないでしょう。この術式は、一般的にがんの大きさが5cm以下で、乳管内を這うように広がる早期の非浸潤性乳管がんや、乳房内に複数のがんがあり乳房温存術が難しいときなどに、適応になります。皮膚温存により再発率が上がるのではないかと心配かもしれませんが、研究によると、皮膚温存乳房切除術で乳がんの再発率が上がることはないと報告されています。
・ 乳頭(乳輪)温存乳房切除術
乳房の皮膚、乳頭、乳輪を残して乳腺組織を切除する方法で、同時に乳房インプラントによる乳房再建を行い、乳房の形をきれいに保ち、乳頭・乳輪の皮膚感覚を維持するために行います。この方法の長期的な安全性はまだ確認されていません。
● より負担の小さい内視鏡手術
乳房の内視鏡手術では、乳房の乳輪部分もしくは乳房の外側部分の皮膚にいくつか2-3cmの小さな切開をして、先端にレンズのついた内視鏡や電気メスなどの器具を挿入して、モニターで体外から内部を確認しながら、がんを切除する方法です。筋肉を切らないため、痛みが少なく、傷の回復も早いのです。がんのサイズが小さいほど望ましく、乳房の皮膚から遠いものが適しています。
乳がんの内視鏡手術は、乳がんの内視鏡手術に熟練した医師がいる限られた医療機関のみで可能です。保険診療で行うことができ、入院期間は3?5日程度です。乳がんの内視鏡手術は、日本では約20年前から行われており、長期的な経過は明らかではありませんが、術後5年の結果は通常の乳房温存療法と変わらないという報告もあります。
●腋窩リンパ節転移を確認するセンチネルリンパ節生検
腋窩(わきの下)リンパ節に転移が疑われる場合は、センチネルリンパ節生検を行います。センチネルリンパ節は、乳房内のがん細胞が最初に転移するリンパ節とされています。そこに転移があれば、腋窩リンパ節郭清を行い、転移がなければ、腋窩リンパ節郭清は必要ありません。
術後の後遺症: リンパ浮腫や慢性的な痛みなど
●リンパ節郭清や放射線療法後によく起こるリンパ浮腫
腋窩リンパ節に転移があれば、腋窩リンパ節郭清で取り除きます。それにより、手術を受けた側の腕にリンパ液が溜まり、腕が腫れてむくみが出る「リンパ浮腫」が起こることがあります。これは、放射線療法後にも起こることがあります。
原因は、治療によってリンパ管が切断されて、栄養素や老廃物などを運ぶ働きをしているリンパ液の流れが悪くなるためです。リンパ浮腫は術後すぐに起こることもあれば、数年後に突然出ることもあり、その程度も個人差があります。
リンパ浮腫は発症早期から適切な治療をすれば、約8割は改善すると言われています。リンパ浮腫の専門的な知識を持つ医療スタッフによるスキンケア(清潔・保湿)やリンパドレナージ(リンパ誘導マッサージ)、弾性スリーブによる圧迫療法などで、通常2-3週間で改善します。乳がんのリンパ節郭清後のリンパ浮腫では、弾性スリーブに療養費が支給されますので、健保組合に問い合わせてみましょう。
ただし、一度リンパ浮腫が起きると、完治は難しくなるため、リンパ浮腫が起きないように注意することが大事です。塩分の摂り過ぎなど偏った食事、肥満、腎臓病や心臓病・糖尿病・高血圧・静脈炎がある、体を締め付けること、放射線療法を受けた、乳がんの手術を受けた側の腕の虫刺されや感染症、けがなどは、リンパ浮腫のリスクになりますので、避けましょう。
●リンパ節郭清後の知覚障害
リンパ節郭清後に、切開部やわきの下の知覚がなくなることがありますが、時間の経過とともに改善することもあれば、そのままのこともあります。
●リンパ節郭清後の感染に対する抵抗力低下
腋窩リンパ節郭清後は、感染に対する抵抗力が落ちます。そのため、手術を受けた側での採血や虫刺されは避けましょう。土いじりなど感染のリスクがある作業では、手袋を着用して、虫よけもしましょう。
● 術後の慢性的な痛み
胸部?わき、上腕の痛みや違和感、しびれなどの知覚異常の多くは、術後数カ月で和らぎます。
しかし、ときに起こる鋭い痛みや鈍痛は、数年以上経過しても残ることがあります。このような慢性的な痛みは、「術後慢性疼痛症候群」と呼ばれています。
原因は解明されていませんが、おそらく手術や放射線療法、抗がん剤による神経の損傷が関係している可能性があるとされています。現時点では有効性が証明された薬はありません。