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早期のアルツハイマー病「軽度認知障害」 日本人対象の研究で解明
2018年05月16日

アルツハイマー病の早期段階にあたる「軽度認知障害」(MCI)を追跡した「J-ADNI」研究により、日本人でMCIが認知症に進展してゆく過程がはじめて明らかになった。
「軽度認知障害」(MCI)の検査が可能に
「軽度認知障害」(MCI)は、記憶障害などの認知機能障害が出現しているがまだ独立した生活が可能であり、認知症レベルに至っていない早期の段階だ。認知症に先行する病期として注目されている。
しかし、MCI期は症状の程度も軽く、増悪の速度も緩やかなため、治療薬の治験を行うにあたって、進行スピードを正確に評価するなどして薬効を評価するのが難しい。
この問題を解決するために、MRIやPETスキャンなどの画像診断法、脳脊髄液などの体液のバイオマーカー測定などを併用し、アルツハイマー病(AD)の病理学的変化を正確に診断した上で、その進行過程を正確に評価することを目的として、2003年米国で「ADNI」(アルツハイマー病の画像診断を用いた先導的研究)が開始された。
その成果から、MCIなどの早期段階におけるアルツハイマー病の診断と精密な進行評価が可能となり、MCI期のアルツハイマー病の疾患修飾薬治験の開始も可能となりつつある。
アルツハイマー病の発症メカニズムが解明されるにつれて、病因となるアミロイドβの抑制薬などの、根本的な病気の発症メカニズムに作用する治療薬の開発が世界レベルで開始されている。
関連情報
J-ADNI研究により軽度認知障害の進行過程を解明
現状では、認知症の症状が臨床的に顕在化した時期(AD認知症)での治験では十分な効果が示されず、より早期段階での治療が望まれている。
日本ではアルツハイマー病の臨床研究が立ち後れ、アルツハイマー病によるMCIの精密診断の技術や基礎データの蓄積も遅れをとっており、特にMCIなどの早期段階の進行過程が欧米人と同じかどうかも明らかになっていない。
この状況を打開するために、2008年より東京大学の岩坪威教授を主任研究者として、全国38の代表的な医療研究機関と、脳画像診断、バイオマーカーの専門家が結集して、日本のADNI研究「J-ADNI研究」が開始され、全国でMCI 234例、軽症AD認知症 149例、健常高齢者 154例、全537例の24~36ヵ月間にわたる自然な進行経過の精密な追跡評価が行われた。
今回、岩坪教授らはJ-ADNIで得られた全データをとりまとめ、データベースとして公開するとともに、アルツハイマー病を原因とするMCIを中心に、その進行経過を米国ADNIと詳細に比較した。
「アルツハイマー病によるMCI」の診断は、アミロイドPETまたは脳脊髄液中Aβ(1-42)の測定により、米国と同等に行うことが可能となった。アミロイド陽性のアルツハイマー病によるMCIはMCI全体のおよそ3分の2を占めていた。
この群で、記憶などの認知機能や生活機能を評価する代表的な4種類のテストとしてミニメンタル試験「MMSE」、ADAS-Cog13指標、臨床認知症スケール(CDR)、機能評価質問票(FAQ)を3年間にわたって反復試行し、その進行経過を米国ADNIのアミロイド陽性MCIと比較した。
MCI期の症状の進行過程には高い共通性がある
その結果、日米の検査結果は、4種類のテストを通じて極めてよく一致していた。また認知症レベルに達している軽症アルツハイマー病群を比較すると、J-ADNIでは米国ADNIよりもやや成績が良く、進行のスピードもやや緩徐な傾向がみられました。
この差は、日本では認知症レベルに達して間もない、より軽症の症例が多く含まれるからだと考えられる。
また、健常者でもJ-ADNIでは23%にアミロイド陽性者が検出され、この群はアルツハイマー病の病理変化が生じ始めている未発症期の「プレクリニカルAD」に相当するものと考えられる。
今回の結果から、アルツハイマー病発症の早期段階に相当するMCI期の症状の進行過程には、人種を越えて高い共通性があることがはじめて実証された。
アルツハイマー病の治療薬の開発には、世界の多くの国において、多数の被験者を同じ方法で評価する「グローバル治験」の実施が不可欠だが、日本のアルツハイマー病によるMCIが欧米など他の民族のMCIと同じ性質を示すのか、また本邦でも同じ評価方法が適用できるのかは未解決だった。
J-ADNI研究を通じて、米国ADNIの結果にもとづいて世界標準となっているアミロイドPETやバイオマーカー検査法、認知機能評価法が日本でも整備され、MCI段階のアルツハイマー病の症状やその微細な変化を精密に評価することが可能となる。
アルツハイマー病の治療・予防薬の治験が日本で加速
今後アミロイドβやタウなど、アルツハイマー病の病因因子を標的とする治療法の開発がさらに進み、MCIやさらに早期の段階を対象とする疾患修飾薬の大規模治験がますます盛んになることは必至だ。
こうした状況下で、J-ADNIデータベースとJ-ADNIによって樹立された技術・ネットワークの活用を進め、官・民・アカデミアのパートナーシップをさらに発展させることにより、アルツハイマー病の治療・予防薬の治験が日本で加速され、日本発の画期的新薬を含むアルツハイマー病治療薬の利用がドラッグラグを生じることなく可能となり、国際的にも、さらなる治療薬の研究・開発に貢献できるものと期待される。

東京大学医学部附属病院早期・探索開発推進室
Japanese and North American Alzheimer's Disease Neuroimaging Initiative studies: Harmonization for international trials(Alzheimer's & Dementia: The Journal of the Alzheimer's Association 2018年5月9日)
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