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高断熱で暖かい家での暮らしにより医療費を低減 暖かい家は高血圧・循環器疾患の予防や健康寿命の延伸につながる 費用対効果も高い
2024年11月05日

東京科学大学などは、高断熱で暖かい家での暮らしにより、医療費を低減する効果を得られ、健康寿命の延伸にもつながることを明らかにした。
住宅を新築する際の断熱工事が、費用対効果の高い対策であることを、建築環境工学の分野に医療経済学の手法を応用した研究により明らかにした。
断熱性能の高い暖かい住宅での暮らしにより、高血圧や循環器疾患の予防や、健康格差の是正、気候変動の問題の抑制への波及効果も期待できるとしている。
住環境は健康に影響を与える 暖かい住宅での暮らしの医療経済モデル
近年、住環境が健康に与える影響に注目が集まっており、世界保健機関(WHO)は2018年に、住宅と健康に関するガイドラインを出した。 そのなかで、主要トピックのひとつに「低室温と住宅の断熱」を挙げ、循環器疾患(脳血管疾患や心疾患)は、寒い住宅で発生しやすいことを示している。 寒冷への曝露にともなう血圧上昇が一因となっており、寒さによる健康被害防止のために、(1) 室温を18℃以上に保つこと、(2) 住宅の断熱化を推奨している。 一方、東京科学大学などの研究グループはこれまでに、国土交通省補助事業のスマートウェルネス住宅等推進事業で、2,000軒超の住環境を調査し、(1) 対象住宅の9割超がWHOの推奨する最低室温18℃に届かない寒冷な環境である、(2) 室温低下にともない血圧が上昇し、高齢者が室温の影響を受けやすいことなどを明らかにしている。 住宅の高断熱化や暖房は寒さ対策になるものの、高額なイニシャルコストやランニングコストが障壁となり、対策が十分に進んでいない現状がある。 そこで研究グループは今回、住宅の高断熱化などのメリットを、高血圧や循環器疾患の予防による医療費低減や健康寿命延伸に拡張し、暖かい住宅での暮らしによる費用対効果を計算する医療経済モデルを構築した。高断熱で暖かい家での暮らしにより医療費が減少 健康寿命の延伸にも
その結果、高断熱で暖かい家での暮らしにより、医療費を低減する効果を得られ、健康寿命の延伸にもつながることを明らかにした。住宅を新築する際の断熱工事は、費用対効果の高い対策であることも分かった。 これまでは断熱工事のメリットは、暖房費低減の観点のみから説明されることが多かった。 研究は、東京科学大学 環境・社会理工学院 建築学系の海塩渉助教、鍵直樹教授、慶應義塾大学の伊香賀俊治名誉教授、自治医科大学の苅尾七臣教授、産業医科大学の藤野善久教授、東京歯科大学の鈴木昌教授、北九州市立大学の安藤真太朗准教授、奈良県立医科大学の佐伯圭吾教授、東京大学の村上周三名誉教授らによるもの。研究成果は、「BMJ Public Health」に掲載された。
高断熱で暖かい家での暮らしにより、医療費を低減する効果を得られ、健康寿命の延伸にもつながる

出典:東京科学大学、2024年
高断熱で暖かい住宅での暮らしにより高血圧・循環器疾患を予防
研究グループは今回、建築環境工学に医療経済学を導入し、高断熱で暖かい住宅での暮らしによる高血圧・循環器疾患に関連する医療費の低減、健康寿命の延伸効果の推計手法を構築した。 その手法にもとづき、日本でもっとも多い断熱等級の住宅で、室温15℃で暮らすシナリオ0を基準として、40歳で住宅を新築する際に断熱性能を向上する新築シナリオ(シナリオ1-1:断熱等級4 & 18℃、シナリオ1-2:断熱等級6 & 21℃)と、60歳で住宅の全体を断熱改修する改修シナリオ(シナリオ2-1:断熱等級4 & 18℃、シナリオ2-2:断熱等級6 & 21℃)を比較した。 10万ペアの夫婦に対して、不確実な事象について結果を推定するために使用される手法であるモンテカルロシミュレーションを実施し、各シナリオの費用(断熱工事費・暖房費・医療費)、効果(質調整生存年QALY)を算出し、費用対効果(増分費用効果比ICER)を比較した。 分析した結果、基準シナリオ0と比べて、新築シナリオ1-2では、断熱工事費として初期費用が200万円上乗せになる一方、高血圧・循環器疾患に関連する医療費が109万円低減することが分かった。 暖房費も加味すると、夫婦合計の生涯費用は84万円増加するものの、健康寿命は0.48 QALY延伸し、ICERは177万円/QALYとなった。 ICERは500万円/QALY以下であれば、費用対効果が高いと判定されるため、新築時の断熱性能向上は費用対効果が高い対策であることが示された。 個人属性のバラツキを考慮した不確実性分析でも、86.8%の確率でシナリオ1-2の費用対効果はシナリオ0と比べて高くなった。 改修シナリオ2-2でも、基準シナリオ0と比べて、生涯費用が258万円増加するが、健康寿命は0.86QALY延伸し、ICERは300万円/QALY(<500万円/QALY)となり、やはり効果が高いことが示された。 不確実性分析の結果では、43.3%の確率でシナリオ2-2の費用対効果が高くなる一方、56.7%の確率でシナリオ0の費用対効果の方が高くなった。 したがって、改修シナリオについては、今回想定した住宅全体の改修ではなく、滞在時間が長い居間や寝室のみを断熱する部分断熱改修など、より低コストの対策を検討することが有効と考えられるとしている。
40歳で住宅を新築する際に断熱性能を向上するシナリオも、60歳で住宅の全体を断熱改修するシナリオも、それぞれ健康寿命の延伸の効果を期待できる


出典:東京科学大学、2024年
日本ではWHOが推奨する室温18℃以上を満たす家は1割に満たない
日本では、2019年時点で5,000万戸の既存住宅のうち無断熱の住宅が約3割にのぼると言われており、寒さによる健康被害が懸念されている。 実際に、研究グループが全国の冬の室温を実測した結果、WHOが推奨する室温18℃以上を満たす家は1割に満たない結果となった。 また、劣悪であることが判明した住宅内の温熱環境と血圧の関連を分析した結果、室温低下にともない血圧が上昇し、高齢者の血圧の方が室温の影響を受けやすいことが示された。 「これまで断熱工事は暖冷房費低減の観点からメリットを説明されることがほとんどで、暖冷房費低減だけでは投資した費用の回収が難しいとされていました」と、研究者は述べている。 「本研究では、断熱工事のメリットに医療費の低減や健康寿命の延伸といったコベネフィット(1つの活動から副次的・派生的に得られる便益)を組み込むことで、断熱化や暖かい家での暮らしの費用対効果を示しました」としている。 研究は、行政に対して、将来の医療費低減を見据えて、「住宅に補助金を投入すべきか」といった意思決定のうえで活用されることが期待される。 「社会全体に対するインパクトとして、高断熱住宅の普及(SDG 11)が国民の健康増進(SDG 3)につながり、ひいては健康格差是正(SDG 10)や気候変動問題の抑制(SDG 13)への波及効果が生まれると期待されます」と、研究者は指摘している。
都道府県別の在宅中の平均居間室温(日本全国2,190軒の実測結果)
日本ではWHOが推奨する室温18℃以上を満たす家は1割に満たない
日本ではWHOが推奨する室温18℃以上を満たす家は1割に満たない

出典:東京科学大学、2024年
暖かい家での暮らしは呼吸器疾患や夜間頻尿、睡眠の質の改善などにもつながる
今回の研究では、第一段階として、高血圧と循環器疾患に関連する医療費や健康寿命を算定したが、暖かい家での暮らしはこの他にも、呼吸器疾患や夜間頻尿、睡眠の質の改善などにつながることが先行研究から明らかになりつつある。 そのため、医療経済評価のモデルにさまざまな疾患を加えることで、住環境の健康影響がより顕著にあらわれると予想される。また循環器疾患は要介護となる原因の2割以上を占めていることから介護費を含める、疾患にともなう生産性損失を含めるといった追加分析も考えられるとしている。 なお、今回の研究は、費用対効果評価のガイドラインに従い、公的医療費支払者の立場で分析しており、保険者負担分、公費、患者負担分の総額で分析を行っている。そのため、居住者1人ひとりに還元される結果でない点に注意が必要としている。 東京科学大学 環境・社会理工学院 建築学系Effect of living in well-insulated warm houses on hypertension and cardiovascular diseases based on a nationwide epidemiological survey in Japan: a modelling and cost-effectiveness analysis (BMJ Public Health 2024年9月24日)
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