日本の元気を創生する ‐開業保健師の目指していること‐
一般社団法人 日本開業保健師協会
No.10-3 開業保健師という生き方( 合同会社チームヒューマン)
合同会社チームヒューマン 代表
德永 京子
保健師の原点は公衆衛生
ストレスチェック制度が始まって、制度の中核になるのは、ストレスチェックを年に1回実施して、自分のストレスの状態を知ることと、高ストレスであった場合に、医師に面接を申し出て、就業上の配慮を受けることです。
しかし、私は、制度が始まる前から、一環して、「職場環境改善活動」にこだわっていました。
ストレスチェックの実施と、医師面接は義務で、職場環境改善活動は努力義務なのですが、最近、その「こだわり」の理由がわかってきました。
私は、24年間、保健所で公衆衛生に携わってきました。憲法25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」そのために、社会福祉や公衆衛生があると・・・
たとえば、感染症で多くの人が命を落としていた時代、上下水道の環境改善や衛生状態の改善に組織的継続的に関わることで、感染症で命を落とすことを激減させたように、個人の努力や配慮だけでは実現できないことでも、しくみや方法を確立すれば効果をあげることができるのです。
健康上の問題を、単に個人の問題ではなく、しくみの中で解決しようとしてきたのが公衆衛生でした。「職場環境改善活動」は、職場を、気持ちよく働ける環境に改善することで、そこにいる労働者の心の健康を保とうという取り組みです。まさに職場における公衆衛生なのです。
そう気づいたときに、感動しました。
保健所を去ってから、公衆衛生の第一線から退いた気がしていました。でも、私の中には、ありました。紛れもない 公衆衛生魂が。保健師の原点は公衆衛生なのです。
人をつなぐ楽しさと共に
地域保健、産業保健、学校保健・・・法律や制度の枠組みで作られたカテゴリー分けは、私たちが働く現場にも存在します。
しかし、縦割りでは、人をつないでいくことができません。地域で生活する人は、昼間は職場にいたり、その人の子どもは学校にいたりします。どんな場面であっても、目の前にいる人に、その時に必要な知識やサービスを身近なところで、提供できる方法は・・・と考え始めたら、やっぱり保健所みたいなところなのかな?と思うようになってきました。
私は、保健師として30数年を過ごす間に、障がいのある子どもを育て、親の介護をしてきました。 家族や近隣の力を借りたり、多くの専門家のみなさんの知恵と力をお借りしました。
まさに、生きることは、つながること、助け合うこと、地域で暮らす人、働く人と、共に生きること。ということを実感しました。保健師という専門家としての立場と、当事者としての立場から、住み慣れた地域で豊かな人生を過ごすお手伝いをさせていただけたら・・・と思い、事務所を自宅近くに移しました。
開業保健師は職業というよりも、「生き方」
事業の基本は産業保健ですが、大手を対象にするのではなく、保健所時代の家庭訪問のように、自転車で中小企業を訪問して、社員の健康管理をしつつ、道端で会った奥さんと更年期障がいの話をしたり、赤ちゃんを連れた若いお母さんの夜泣きの愚痴を聞いたり、杖ついて散歩してるおじいさんに介護保険の話をしてみたり。
そんな健康に関するコンビニ的な役割ができる保健師がいてもいいなと・・・。開業保健師は職業というよりも、「生き方」だと思います。「こうありたい、こう働きたい」という思いを実現していった結果、気づいたら、私は「開業保健師」の仲間入りをしていました。
公務員をやめた日から12年。今、私の周りには、私と同じように、自分の思いを仕事にしてきた開業保健師仲間がいます。人と一緒にいることが辛くなって、前職場を去った私が今、仲間と一緒にいる、私に仕事を依頼してくださる人がいる、はたらくことは、人と共に動くこと、人と共に生きること。「開業保健師」という生き方に胸をはって、これからも楽しもうと思います。